アルルの放課後
6.「川の向こう」その1





ちなみに、コレハ草というのは、魔力を回復する働きを持つ薬草である。
東の森中央部に生息しており、魔力を一時的に高める薬の材料になるとか。
ウィッチは恐らく薬の材料にコレハ草を必要としているのだろうと、シェゾが言っていた。
シェゾはウィッチの店の常連であるために、そこら辺には詳しいのだ。

「コレハ草が生えている所まで……ここから後三十分、てとこだな」
東の森の地図を広げ、シェゾは呟く。
ついでに言うと、ナニカノ草の生息地までは、更に一時間半かかるらしい。

結構あるな……と、アルルが思っていると、前方に何かが見え始めた。
急に木々が減ってきたのだ。
変化した風景に、ルルーも目を凝らして前方を見やる。
「川があるわね」
背が高く視力の良いルルーが先にその正体に気づいた。
しばらく進むと、確かに川が見え始める。
川幅十メートルはありそうな、橋のない川だ。

シェゾが地図に目をやって、そして折り畳む。
「地図によると、この川を越えないと、中央地帯には行けないな……。
しかしこの川、こんなにでかかったか?」
シェゾの記憶では、川幅は5メートルほどだったはずである。
現に河原はすっかり飲みこまれていて、両岸の木々も川の中に数本浸水していた。
しかし渡る気は満々らしく、シェゾは虚空に地図をしまい込む。
おそらく空間魔法の一種を使ったのだろう。

どうやら、これが最初の難関であるようだが。
「良し、じゃあオレが先に行く」
シェゾは、別に驚いた風でもなく、さらりと言ってのける。

シェゾの言葉に、アルルは思わず声を上げた。
「え……?
その、行くってったって……どうやって行く気なの?」
特に考えもせず口を開くアルルに、シェゾは呆れてため息をつく。
それとも、魔導師であるシェゾが、普通に幅跳びの要領で川越えに挑戦する……とでも思ったのか。
何にしろ、シェゾにため息をつかせるには、十分なことだった。

「あのなぁ、確かにこの森は木々が鬱陶しくて、空間転移の魔法は使えない。
だが、この至近距離で一人くらいなら、話は別だ。」
言われて、アルルは空間転移の魔法のことを思い出す。
空間転移の魔法とは、まだ魔導師見習いでしかないアルルにはどう足掻いても使えないような高位魔法である。
術者の記憶にある場所……つまり、一度訪れたことがあるか、もしくは現在目にしている場所などへワープするものだ。
しかし便利な魔法だけにそれだけ難しく、使用条件が限られている。
シェゾが言った通り、木々が大量に生えている場所では転移後の足場の確保が難しいなどの理由で、使用することは出来ない。
が、現在の場合は一人くらいの足場なら、向こう岸に確保できそうな上、目標地までに障害物が無いため、転移できそうだった。

そこまで納得し、アルルはこくりと頷く。
しかしアルルが理解していようがしてまいが、シェゾには関係ないらしく、既にシェゾは呪文を唱えきっていた。
「んじゃ、後から来いよ」
そう言うと直後に、シェゾは向こう岸へと転移していた。

「すごーい!」
いつもシェゾの空間転移を見てきたアルルだが、目の前で見たのは初めてだった。
転移時間がここまで一瞬だとは思っていなかったらしく、手品を見たかのように拍手する。
無邪気に感心するアルルに、「お前も同じ魔導師だろうが……」とシェゾは脱力する。
残念ながらはしゃいでいるアルルには聞こえていない。

「よーし、ボクも頑張るぞ!」
シェゾの魔法を見て、魔導師見習いとして何かが燃え上がったらしい。
アルルは気合いを新たに準備を始める。

まずダイヤキュートを唱え、次にストームの勢いに乗って跳び越えようという魂胆だ。
ダイヤキュートは能力を強化する補助魔法で、身体能力、魔力などを高める。
ストームは風の魔法だ。
失敗したときのため、シェゾも補助できるように魔法を用意しているのが見える。

それを見てアルルはいくらか安心するが、直ぐに気持ちを切り替え、アルルは気合いを込めて呪文を放つ!
「我が存在を肯定するもの達よ
手にする力の飛躍を求め
我と更なる盟約を結べ!
ダダダダダダダダ……ダイヤキュート!」
ダイヤキュートは重ねてかけることが出来、何度も唱えることによって効果は何倍にも跳ね上がるのだが……。
ちょっと気合いを入れすぎたかも知れない。
今直ぐにうずくまりたいほど魔力が身体中をぐるぐるしている。
増幅された魔力が暴れ出しているのだ。

しかしアルルは歯を食いしばり、次の呪文を唱える。
「我が周囲に立ち並ぶ者達よ
我が手の下に集いて舞い上がれ!」
はち切れんばかりの魔力を制御しつつアルルは走り出し、踏み込みと同時に魔法を放つ!

「ストーーーム!」

圧倒的な力の風が、吹き荒れる。
それに思わずシェゾとルルーは、目を閉じてしまった。
それが、二人の対応を遅らせたのだろう。
風を受け、アルルはあっと言う間に川の半分辺りまで来る。

その時!
川の中から現れた何かが、アルルに向かって手を伸ばした!

「いやーーーー!」
アルルの悲鳴が、辺りに響く。
何事かと二人が目を開けたときには、もう。
アルルは川の中から現れた何かに、捕らえられてしまっていた。

「アルル!」
シェゾとルルーが同時に叫ぶ。
次の瞬間シェゾとルルーは川岸に駆け寄る。
アルルの肩にいたカーくんも、得体の知れない緊迫感に目を覚ました。
長い耳をピコピコと動かし、キョロキョロと辺りを見回す。

張りつめた気配が辺りを支配し、しばらく沈黙のにらみ合いが続く……と思いきや。
「ぐぐーぐぐー?」
現状をよく解っていないカーくんが、普通に口を開いた。
思わずシェゾとルルーはガクッと転けそうになるが、アルルは似たような口調で普通に答える。
「あ、カーくん。
あのね、川を跳び越えようとしたら何かに捕まっちゃったの」
「ぐぐぐーぐーぐ?」
「う〜ん、何でかは分かんないんだけどね」

「だあーーー!
呑気に状況説明なんて、してんじゃねーーー!」
アルルとカーくんの、確かに呑気な様子に短気にも叫んだのは……シェゾではない。
川の中から現れた、魚に手足の生えたような魔物……すけとうだらだ!
「せーっかく橋を壊したのに、渡れちゃったら意味無いだろうが!」
「え?じゃあ、君が橋を壊したの?」
「シャラーップ!
人質は大人しく黙ってるもんだぜ?!」
「は、はい!」
すけとうだらの妙なハイテンションぶりに、アルルは思わず頷く。
理由は分からないが、アルルを捕らえた「川の中から現れた何か」は、すけとうだらだったようだ。

すけとうだらは川の丁度真ん中らへんの所で、アルルを背中に乗せてたゆたっている。
物凄く救出しやすそうな状況に、シェゾは思わずアルルのフォローに用意していた魔法を放った。
「ダイヤモンドダスト。」
同時に前方に冷気が放射され、川を凍り付ける!
するとすけとうだらは、声を上げる間もなく川ごと凍り付いてしまった。
すけとうだらの背中に乗っていたアルルやカーくんは、シェゾの見事な魔法の制御により、霜一つ付いていない。
これは本来放射された冷気が、目標物に当たると爆散し、広範囲にダメージをもたらす魔法なのだが、シェゾのアレンジにより広範囲を凍り付けるだけに留めてある。
求める形にアレンジされた魔法に満足げな笑みを浮かべ、シェゾは凍り付いた川に足を踏み入れようとする、が。

「いじめないでーーーーー!!!」
バリィィィィイイインッ
突如凍った水面を突き破り、出てきた少女に、その行為は阻まれた。

その後も少女の耳を塞ぎたくなるほど悲痛な叫び声は続き、周りの氷を破壊し続け……。
ついにはすけとうだらも、復活してしまった!
「おおう、セリリちゃん!
君をいじめる奴は何処のドイツだ!」
「いじめないでええええ!」
「こいつかああああ!!」
言って、すけとうだらはセリリがただ単に向いていただけの方向……ルルーの方を見ると、
いきなり水面で踊り始めた。

突然立ち上がったすけとうだらに必死でしがみついて落ちないようにしているアルルを眺めながら、ルルーは呟く。
「……また変なのが出てきたわね……」
ルルーの呟きが聞こえたのか、シェゾは直後にしみじみと頷く。
何せルルーは今日数体目の魔物との遭遇だ。
ルルーが『ウサギ』に遭遇する前に倒してきた魔物。
ルルーが現在力を失っている原因である『ウサギ』と、アルルと合流した理由になる魔物。
そして。
「おうおう、セリリちゃんをいじめて良いと思ってるのかよ!」
今目の前にいる、すけとうだらとセリリ。
もうまともに取り合う方が馬鹿らしかった。

すけとうだらとセリリの場合、組み合わせも変だった。
確かに双方とも、水中に住む魚系の魔物には違いないが。
すけとうだらは嫌に脂ののった、たらこ唇の微妙に人間要素が含まれている、あまり見ていたいとは思わない類のビジュアルを持つ魔物だ。
一方セリリは、一般的に「人魚」と呼ばれる「うろこさかなびと」という種族の魔物で、見目は非常に美しい。
中でも青いストレートの髪、涙で潤う大きな瞳を持つセリリは、かなり美しい方に入るはずである。
「いじめないでえええ!」
ただし、この性格さえなければ。

先程から色々言いまくる二人を端から無視することで、自身の堪忍袋の緒を守っていたルルーだが……。
それももう、限界のようである。
ルルーはビシッと指を前方に指し示すと。
「もー我慢ならないわ!」
高らかに言い放った。

「シェゾ!やっちゃいなさい!」
「オレかよ!」
完全に他力本願であるルルーの行動に、シェゾは思わす突っ込んだ。

するとルルーは胸を張って、
「当然でしょ!私は今、力を奪われてしまっているか弱い美女なのよ?!
なのにあんた、男として女を守らない気?」
勝手なルルーの言い分だが、シェゾは言葉を失う。
いつもならここで「何がか弱い美女だ!筋肉ダルマ女の言い間違いじゃないか?!」とでも言い返すのだが。
生憎今のルルーは恐らく、シェゾより遙かに力が弱い。
それこそ本当に、「か弱い美女」くらいに。
よって言い返す言葉を一つしか持たないシェゾは、何も言えなかった。

仕方なく諦めてアルルを救出できそうな呪文を唱え始めると……。
「シェゾ、ちょっと待ってよ!」
その行為を、アルルが止めた。

シェゾが理由を問うよりも早く、アルルは叫び続けるセリリに、穏やかに口を開く。
「セリリちゃん、ボク等は君をいじめたりしないよ?」
語りかけるようなアルルの口調に、セリリは脅えながらも叫ぶのを止める。
その代わりに、尋ねた。
「……本当に?」
「うん!だから、橋を壊した理由とか……聞かせてもらえる……かな?」
そう答えたアルルの顔は、とっても綺麗な笑顔で、歪んだものは何一つ無く、真っ直ぐだった。
(今まで見てきた怖い人達とは、違う)
そう思ったセリリは、恐る恐るながらも、ゆっくりと頷いた。




続く



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