アルルの放課後
5.「乱入者有り?!」





シェゾは本日何度目かになるため息をついた。
ため息をつくと幸せが逃げていくと言うが、一度ついてしまったからもう気にするまいと思って遠慮なくため息をついている。
それに幸せになりたいわけでもない。
幸福な闇の魔導士というのもそれはそれで奇妙だ。

だからといって、わざわざやっかい事を引き込みたいわけではないわけで。
次から次ぎへとトラブルを巻き起こす少女たちに、シェゾは心底呆れかえっていた。
「と言うかお前わ……。コンパスくらい持ってから来いよな……」
「あははは……ごめんなさい」
先方に立ち磁石をかざすシェゾに、アルルは素直に謝っていた。

実をいうとアルルは、魔物のいるこの「東の森」に来るに当たって、あまりにも無防備だったりする。
(ルルーもだが)お昼も食べていなかったし、武器も地図も持たずに来ているし。
もし途中で偶然ルルーと遭遇していなかったら、アルルは完璧に迷子になっていただろう(シェゾは協力しなかっただろうから)。
(しかし……ルシファーは、何故にそんなアルルに用事を頼んだんだ?
おっちょこちょいのアルルに来させる危険性を考えると、他の者に頼んでも
良い気もするのだが……)
道を確認しながら、シェゾは思考を巡らせる。

だが……。
「はぁ、分からん」
フードを深々と被っているせいか、ルシファー先生の心理は読めなかったらしい。
シェゾは、後ろを歩く三人(?)に気付かれないように、ため息をついた。
シェゾは一応、ルシファー先生を知っている。
遥か昔、シェゾがまだ魔導学校の生徒だった頃、直接関わったことはないが姿くらいは見たことがある。
ルシファー先生は魔族のため、物凄く永い時間同じ姿で存在し続けることができ……。

バチンッ!
「な……?!」
突然聞こえた何かが弾ける音に、考え事をしていたのも手伝ってかシェゾは立ち止まってしまう。
「きゃっ!」
いきなり止まったシェゾに驚き、アルルも小さく悲鳴を上げる。
しかしアルルやルルーは、今の音に驚いた様子はない。
そのことに気付いたシェゾが、目があったルルーの方に尋ねた。
「何だ、今の音は?」
「ああ、こいつよ、こいつ。私も馴れない内は心臓に悪かったわ……」
指さされた方を見てみると、そこにはどでかい鼻ちょうちんを作りながら寝ている、カーくんが。
なるほど、こんなのが割れたら確かに心臓に悪そうだ……と、見てシェゾは納得する。
そう、お昼を食べた後カーくんは、満腹感からかお昼寝を始めてしまったのだ。

全く、のんきな奴だ。
心の中でシェゾは小さく毒づいた。
何もないところで驚いていたら、先が思いやられそうだ……と、シェゾは少しばかり不安を抱いてしまう。
「まあ良い。アルル!」
しかしそこは年の功か、変態呼ばわりされているゆえんか、多少の問題は普通に受け流す。
それから、また歩き出しつつ、続ける。
「明日の予習として、ナニカノ草についてきっちり覚えておけよ!」
「え〜!!
……ま、いっか。ハーイ!」
同時に、アルルは元気良く手を挙げた。
シェゾのすっかり「先生」じみた台詞に、まるで生徒のように答えるアルル。
今ではアルルにとって見慣れた、シェゾとのやりとりであった。

ところがアルルが手を挙げた瞬間、アルルの手から何かがこぼれ落ちる。
小さな、木漏れ日に輝く物。
アルルは気付かずに歩いているが、後ろを歩いているルルーがそのことに気付き、注意する。
「アルル、何か落ちたわよ!」
ルルーが転がり続ける何かに指さして告げると、アルルは面白いほど慌てて自分の持ち物を確認する。
当然、そこにはあるべき物はなく。
「あーー! いっけない!」
動くより何よりまず、アルルは叫んでいた。
それにまたまたビックリしたシェゾが、思わず歩みを止めてアルルを見た。
シェゾの目に映ったのは、ころころ転がっていく何かを追いかけるアルルと……。
その前方に佇む、人。

どうやら緩やかな斜面になっているらしく、転がる速度は意外に速い。
アルルは人物の前でようやく追いつき、
「あ! そうだ、シェゾ!
ボクねぇ、昨日夜更かししてシェゾに作ってきたんだよ!」
と言いながら、それを拾い上げようとするが……。

「あら、綺麗なピアスですこと☆
いただき、ですわ!!」
アルルよりも先に、その人物がピアスを手にしていた。
アルルは初めて目の前の人物に気づいた。
驚きのあまりはじけるように上を向いた。
急に上を向いたため体勢を崩し、尻餅をつくが、


「あーーー、ウィッチ!!
返してよーーー!!」
何と、唐突に現れたウィッチが先に拾い上げてしまったのだ!

実はウィッチは先程からアルルの少し離れた場所をぶらぶら歩いていたのだが、生い茂る木々に阻まれお互い姿を確認できなかったのだ。
途中、アルルの「いっけない!」という叫びを聞き、好奇心によって近づいてみたところ、走ってきたアルルを見つけたというわけだ。

ウィッチはアルルの言葉や慌てようから、それがアルルにとって大切な物と悟り、不敵な笑みを浮かべる。
そしてピアスをアルルの眼前にやり、言い放った。
「これを返して欲しければ、コレハ草を採ってきて下さいな☆
実は私、コレハ草を採るためにこの森へ赴いたのですが……思わぬ所で楽が出来そうですわね!」
言うウィッチは既に、ほうきに乗って、アルルの頭上へ上昇していた。

アルルが必死でジャンプしているが、届く距離ではない。
背の高いシェゾならあるいは、届くかも知れないが……。
ウィッチまでの距離があるので、近づく間に届かない高さまで逃げられてしまうだろう。
どうしようもなく、佇むしかなかった。

ウィッチはそんな四人(?)の姿を見下ろし、にっこりと微笑んで付け足す。
「あ、採ってきたら私のお店に運んで置いて下さいませ〜☆」
そう言い放ち、ウィッチはピアスを持ったまま空高く舞い上がり。
当然アルルに反論する術はなく、ウィッチはそのままどこかへ飛んで行ってしまった……。

呆然とする一同。
結局ウィッチの姿が見えなくなるまで、ずっと空を仰ぐ。
そしてその姿が完全に見えなくなった頃、アルルは糸の切れた人形のように座り込む。
「あ〜〜、せっかく作ったのに〜〜」
そして、力無く嘆いた。

がっくり肩を落とすアルルの横で、ルルーが呟く。
「そういえば……コレハ草ってどの位採ればいいか、聞き忘たわね」
「観点はそこじゃないだろーが!」
「冗談よ」
だったらまじめな顔で言うなよ、とシェゾは内心思う。
恐らく、アルルを慰めようとしたのだろうが……
ルルーは、分かっている。
どうすればアルルが元気になってくれるか、どうすればより効果的か。
だから待った。

その意図を察し、シェゾが渋々と口を開く。
「……た面倒事が増えちまったな、ったく」
「ええ?!
手伝ってくれるの、シェゾ!」
シェゾの何気ない言葉に、アルルは顔を上げる。
かなりの希望と期待を寄せてくるアルルから視線を外し、シェゾは照れた感じで言った。
「ふん! はと言えばあれはオレのものになるはずだった物、すなわち!
オレの物の片はオレが付ける! ……それだけだ!」
相変わらず素直ではないが、この言い回しも今日二度目。
単にシェゾは不器用で、その上照れ屋だということは、もうバレバレだ。

アルルはシェゾの仕草をちょっとおかしく思いながら、いつもの笑顔に戻った。
「シェゾ……ありがとう!」
お礼を言うアルルに、シェゾは照れからまた何か言おうとしたが、それをルルーが遮る。
「じゃあ……私もついてっても良くてよ?」
「本当?! ルルー、ありがとう!」
今度はアルルはルルーに抱きつくまでの喜びっぷりを見せる。

それを見てシェゾは単純に焼き餅(?)を焼いてしまうが……。
実はここまで喜んだのは、シェゾの協力が嬉しくて、喜びの絶頂にいたからに他ならない。
もしルルーが先に協力すると言っていたら、ここまで喜んではいなかっただろう。
何故なら、ルルーは協力してくれても、シェゾはしてくれないかも……という不安が、先立つからだ。
その場合シェゾの協力は、ただの「安心」に終わってしまうだろう。
そう踏んで、ルルーは先にシェゾに協力すると言わせたのだが……。
とりあえず、その作戦は成功したらしい。
今では早くもアルルの顔に陰りはない。

その結果に満足げに笑って、ルルーは言った。
「決まりのようね! じゃあ、まずは……」
とは言ったものの、アルルもルルーも続く言葉が無く、いったん黙り込む。
授業では、まだ東の森に生えている薬草の種類まで教わっていない。
思えばコレハ草のことなど、今初めて知ったのだ。
そこで二人は共通した結論を導き出す。
『コレハ草って、何処にあるの?』

「結局オレか……」
同時に聞いてくる二人に、シェゾは半ば諦めたように呟く。
盛り上げるだけ盛り上げておいて、必ずシェゾに振るパターンに、シェゾはいい加減疲れてきていた。
(……年かな)
そう思うほどに、アルルとルルーのパワフルさはすごい。
何せアルルはお気楽娘、有り余るほどの元気で日々を過ごしている。
何せルルーは体力バカ、普通の人と同じことをするくらいでは、それこそ体力が有り余る。

結局。
この二人のパワーに、シェゾはいつも負ける結果に至ってしまう。
「……ま、もうしばらくはつき合ってやるか。」
でもそれに順応するシェゾがいる。
なんだかんだ言っても、この四人(?)は、案外気が合うのかも知れない。
同じペースで、同じ目的地に、一同は歩き出した……。




続く



←前   戻る   次→