アルルの放課後
6.「川の向こう」その2





みんなとの距離が数メートルずつ開いたままでは話し辛い、ということで、一同は川の向こう岸に集まっていた。
ルルーは、渡る術を持たなかったのですけとうだらに運んで貰おうと思ったのだが。
ぬめぬめしたすけとうだらの全身を間近で見たとき、拒絶、という程に嫌がったのだ。
仕方なく、すけとうだらよりずいぶん華奢なセリリに無理を言って、十メートルルルーを乗せて泳いで貰ったのだ。

それからセリリの疲労が回復するまで少し間を空け、今ようやく話し始めるところだった。
「わたし……前までは北の湖に住んでいたんです」
その声は、少し震えていて、まるで嫌なこと思い出しているかのようだった。

今、セリリが言った北の湖は、魔導学校の北にある小さめの湖のことだ。
距離的にはそれ程遠くもないが、全然雰囲気が違うために、精神的にはずいぶん遠くまで来てしまったかのような錯覚を覚える。
平和な湖から魔物の住まう地に来たセリリが、初対面の者を見て脅えるのは、無理のないことなのかも知れない。

「数日前の嵐でここまで流されてきて、すけとうだらさんに助けられたんです。」
「そう言えば確かに、先日台風があったな……。
雨が酷くて川の水かさが増したもんで、ここの川幅が広がったのか……」
独り言くらいの声の大きさで、シェゾが呟く。
もしかしたらそれは『ウサギ』の力の影響かも知れない、ということは口にしなかった。
訳もなく恐怖心をあおるだけだ。

数日前の嵐ならアルルも覚えていた。
その言葉にアルルが、納得したように口を開いた。
「そっか、だから橋がなかったんだね!
壊されたっていっても破片くらい残っていても良いはずだし。
きっと川の中に埋もれてるか、流されたかして……」
「そんなことどうだって良いじゃない」
力説するアルルに、ルルーは不機嫌そうに言う。
とは言えルルーは、本当に機嫌が悪いのだ。
どうやら、セリリの常におどおどしている態度が妙に気にくわないらしく、切れそうになったルルーを何度もアルルが止めている。

そのせいかアルルも、あまりルルーには突っかからず、今度はすけとうだらの方に先を促した。
「それじゃあ、どうして橋を壊したの、すけとうだらさん?」
その問いにすけとうだらは、胸を張って答えた。
白い腹が強調されるように突き出されて、ルルーが小さく呻く。

「そりゃあ、川を渡らせる代わりに、セリリちゃんの友達になって貰おうっていうオレ様の作戦があったからさ!」
瞬間、場が凍り付いた。

いきなり沈黙する一同に、「何かいけないこと言いましたか?」というセリリの視線が注ぐ。
沈黙を破ったのは、笑いだった。
「あ……あははははは!」
『アルル?!』
「ぐ?」
突然笑い出したアルルに、シェゾとルルー、カーくんは、同時にアルルの方を見ていた。
セリリはまた瞳に涙を溜め、すけとうだらはセリリを見てアルルを怒ろうとした、が。
アルルがその前に理由を明らかにする。

「あは、突然笑ってごめんね!
だってボクと一緒だったんだもん!」
「……え?」
アルルの言葉の意味が分からず、セリリは不安げに聞き返した。
アルルは、また普通のアルルの笑顔に戻って、言う。
「ボクも、友達が欲しくて欲しくて、仕方がないんだ!
だから……君とボクは、同じだね!」
「えっと、あの、じゃあ……!」

「お友達に、なろ?」
アルルの言葉に、セリリの顔が見る見るうちに明るくなる。
嬉しくて、嬉しくて、でも信じられなくて、なかなか次の言葉を出せないようだった。
そこでアルルが、もう一度聞き返す。
「お友達に、なろう!」
「はい!」
「ぐー!」
「あ、カーくんが、ボクも! だって!」
「……はい!
有り難うございます!」
言うセリリの目には、涙が溜まっていた。
恐らく今まで溜めていた、脅えの涙ではないだろう。
泣きじゃくるセリリを見る目に、冷たい顔など無かった。

アルルは、嬉し泣きする友達を、「一人じゃないから、泣いて良いよ」と慰めている。
カーくんも、セリリの頭の上に乗って、慰めのダンス(?)を踊っていた(しかもセリリ自身からは見えない……)。
不機嫌だったルルーも今や穏やかな表情で、セリリを見守っている。
シェゾでさえも、心なしか口元が緩んでいる。

そして、すけとうだらは、兄のように、父のようにセリリを見ていたが……やがて決意したように、口を開いた。
「よしっ、決めた!
橋も壊しちまったし、あんたらの足止めもしちまったからな!
ここはどーんとオレ様が目的地まで送っていってやるよ!」
「ほ、本当?!」
「ああ、男に二言はない!」
すけとうだらは、誇らしげに言い放った。
それを見てルルーは、
「あんたも見習いなさいよ。」
と言うが、シェゾは
「うるせぇ。」
としか答えなかった。

その間に、アルルはすけとうだらに目的地を告げる。
知っている場所かどうか不安だった(何せすけとうだらは水辺の魔物だ、森の中に詳しいとは思えなかった)が、幸い東の森には詳しいようだった。
「お安いご用さ!」と言うすけとうだらに、アルルは「よろしくお願いします!」と返す。
律儀に頭を下げるアルルに、すけとうだらは短い手をぱたぱたと振った。
「礼にはおよばんて。
セリリちゃんの友達は、オレ様の友達だからな!」
「うん!」
みんな友達。
そんな響きが嬉しくて、アルルは笑顔で頷いた。

セリリもおずおずと横から顔を出す。
「また、来て下さいね?」
「うん、もちろんだよ!」
約束の証として、アルルはセリリと指切りをかわした。
セリリは満足げに、小指を握り締めて笑う。
その笑顔は、美しい人魚の姿にふさわしく、綺麗だった。

微笑ましい会話を見届けた後、すけとうだらは四人(?)を川縁に集める。
「いっくぜぇ!」
水の中に入り込んだかと思うと、すけとうだらは気合い一発、突然踊りだした!

突っ込む暇もないほど踊り続けるすけとうだらを、四人(?)はただ唖然と見ていた。
いや、カーくんはまねして踊りだしている。
踊りはだんだんヒートアップしていき、すけとうだらの周りの水も渦を巻いて踊っているように見えてくる。

そして。
ザッパーーーーーーーンッ
水流は、四人(?)を乗せて、空へと舞い上がった!

『うわあああああああ!』
何が何だか分からず、ただ叫ぶ三人。
「ぐーーーー!」
楽しそうに水の上を、ぴょこぴょこ歩くカーくん。
「元気でなー、兄弟!」
「さよーならー!」
かなり下の方から、見送る二人。

ただ分かることは……。
すけとうだらの言う「送る」とは、目的地まで案内するという意味などではなく。
言葉通り、そこまで送るという意味だったのだ……。

「あのタラ、今度会うときには覚えてなさいよーーーー!!」
結局最後まで機嫌の悪かったルルーはやけくそと言わんばかりに叫ぶ。
今度どころか二度と会いたくないとシェゾは密かに思った。
水流は森を突き破って空へとそびえ立つ。
おそらくルルーの声は森の中には聞こえていないのだろう。

眼下では、さわやかに微笑んだまますけとうだらとセリリが手を振って見送っていた。




続く



←前   戻る   次→