アルルの放課後
4.「ちょっと休憩」





アルルが学校を出発してから、早一時間が経過していた。
そして今、アルルは大きな危機に遭遇していた。
アルルは腹部を押さえながら力無い足取りでよたよたと歩く。
自分の足を持ち上げるのも重たそうだった。
今のアルルには、自分の身体を支える重大なエネルギーに欠けていた。

アルルのお腹が小さく呻き声を上げる。
「はぁ……お腹空いたなぁ……」
アルルは一層身体を折り曲げて、お腹を押さえつける。
ほんの少し空腹が楽になるものの、単なる気休めにしかならない。
すでに限界の近いお腹は、先程から呻ってばかりいた。

そう、思えばアルルはまだ昼食をとっていなかったのだ。
いつも月の始めに東の森に来るときはもちろん食べてから来るのだが、今回は先生に呼び出されていた分遅くなってしまったので、森に来ることを優先させたのだ。
「何言ってんだ、お前。飯食ったのにまた腹が減ったのか?」
もちろん、その事情を知らないシェゾは呆れた風にして言う。
アルルは頬を膨らませて「違うよ!」と叫んだ。
空腹のためいまいち迫力がない。

アルルは、これが良い機会だと思い、休憩がてらおつかいのことも含めてシェゾとルルーに話すことにした。



順を追って話し終えた後のシェゾの目は冷たかった。
また面倒なことを持ち込みやがって。
言わずしても思っていることがひしひしと伝わってくる。
アルルの説明はだんだんと尻すぼみになって、最後の方ではかなりしどろもどろしていた。
それでも何とか話し終えたわけだが。

「で、ナニカノ草を探すのと採るのとを、オレにも手伝って欲しいと」
「う、う……」
「断る」
案の定冷たい答えが返ってくる。

予想していたシェゾの言葉に、アルルは内心しまったと思う。
実は探検好きのアルルは、おつかいを頼まれた時点で「魔物のいる森にタイムリミット付きでアイテムを探しに行く!」というゲームのような魅力に惹かれていた。
もちろん一人だけではクリアできっこない。
そもそもナニカノ草がどんなアイテムかも知らないのだし、シェゾの協力が必要不可欠であったりする。
東の森にシェゾがいるのは判りきったことであるし、これはもう巻き込むしかないと思っていた。
だからうっかりシェゾが断ってくる可能性が果てしなく高いことを忘れてしまっていたのだ。

どうにかしなくちゃ、そう決意したアルルは、馴れない作戦を練り始めた。
こーでもない。
そーでもない。
あーでもない。
どーでもよくない。

「ああもう、分かんないなぁ」
「何が判らないのよ。
言葉の主語がないなんてどこかの変態みたいね。
そうよ、アルルがここにいるのは判ったけど、シェゾはどうしてこんな所にいるわけ?」
変態、の言葉を激しく否定したいシェゾだったが、ルルーの早口についていけず口をつぐむ。
つっこむタイミングを逃してしまって悔しそうだ。
シェゾも魔導のことに関してはなかなか饒舌になるが、ルルーの強引さにはなかなか敵うものではない。

シェゾはそっぽを向いてしまって、アルルに視線をやる。
代わりに説明しろ、という命令が視線を通して伝わってきた。
アルルはがっくりと項垂れる。
「また説明かぁ」
「またあんたの判らない説明聞いてやるんだから、ありがたく思いなさいよ」
そう言って、ルルーは胸を張る。
美しいボディラインが強調されて、本来なら激しくイライラする態度にも惚れ惚れしてしまう。
とても聞く側の態度とは思えないが。

「一気に説明しちゃうよ」
そう前置きして、アルルは始めた。
「知っての通りだけど、ボクは魔法の実技は出来ても筆記がからっきしなんだよね」
「まぁ、アルルだから仕方がないわよね」
「ルルー、口を挟むと頭の回転の遅いアルルのことだ、すぐに混乱して説明が長引くぞ」
シェゾに言われてルルーはさらにでかかった言葉を飲み込み、口を閉じる。
一応助け船を出したつもりらしいがさすがはシェゾ、全然フォローになっていない。
しかし会話がとぎれとぎれになると頭がこんがらがるのも事実で、アルルは言い返せなかった。

一つ息をついて、言うことを頭の中でまとめる。
「本当は先生に聞くのが一番なんだけど、みんな忙しいし」
魔導学校は一つの都市ほどに生徒がいるため、先生の数がとてもとても追いつかない。
優秀な人材を常に集めているからそう一気に採用数を増やせるものではない。
知名度が上がるにつれ生徒数も増える一方で、年々厳しい状況になってきている。
「だからシェゾに教えてもらうことにしたんだよ。
以前授業で東の森に来たことがあったでしょう?
その時にシェゾを東の森で見つけて頼んだんだ。
毎日ってわけにはいかないから一週間に一度、それが今日だったってわけ」

ルルーは形のいいあごに指を添える。
「なるほどね。
最近あんたの成績が以上に良くなってると思ったら」
「えへへ〜」
成長を誉められて、アルルは素直に喜んだ。
シェゾの教え方も意外に良いのだ。
さすが口を開けば魔導魔導と言っているだけあって、かなり理解している。
教えるという行為はちゃんと理解していないと出来ないものであって、アルルはシェゾの本当の力を垣間見た気がした。

そんなシェゾだからこそ、アルルは今回もとても頼りにしていた。
シェゾの知識量はアルルが一番理解している。
シェゾがいれば難解なおつかいもきっと成功させられるだろうという自信があった。
シェゾなしでどうにかする自信は……はっきり言ってない。

そうだ、それだった。
本当にどうしよう。
アルルがシェゾを巻き込むいい方法を考えていたとき、ルルーがナイスなタイミングで、アルルに向かって口を開いた。
「で、ナニカノ草を探してるのは分かったけど……。
アルル、あんたそれが何処にあるかは分かってるの?」
「へ……? 知らない」
あまりにも唐突な台詞に、アルルはすっとぼけた回答をしてしまった。
それを聞いて「やっぱり……」とため息をつき、ルルーはシェゾの方を見る。
しかしシェゾは、直ぐに視線を逸らした。

そこで、ルルーはとある考えを思いつき、アルルに耳打ちをする。
当然、ルルーから視線を逸らしたシェゾからは、その様子は見えない。
アルルはこくりと頷いて、シェゾを呼んだ。
「シェゾ」
その声にシェゾは一瞬ピクリと動いたが、振り向きはしない。
さすが(?)自称闇の魔導師、簡単には騙されてくれない。
それでも何度も、何度も、シェゾの名を呼ぶ。
しかし二回目以降からは、ピクリとも動かない。

その内アルルが急に静かになった。
「よーやく諦めたか……」
そう思って、シェゾが振り向いたとき。
寂しそーな目で、シェゾをじぃっと見つめているアルルと、まともに目がはち合った。
捨てられた子犬のような目、というのはコレのことを言うのだろうか。
いや、ひとりぼっちで震えている子ウサギの目にも見える。
何にしろ、悲しみに濡れた小動物の目だ。

そんな目をしたってのせられるものか。
シェゾは視線を逸らそうとしたが、出来ない。
どうしてもアルルの目を見てしまう。
シェゾは言葉に詰まった。
思わず呻く。
アルルがまたシェゾの名を呼ぼうと、口を開きかけたところ……。

「ああ!もう分かったよ!」
シェゾが、投げやりに言った。
「行けば良いんだろ、行けば!」

その言葉に、誰の目から見ても分かるほどアルルの表情は明るくなる。
「本当?!」
「ああ」
「やったーーー!」
「ぐーー!!」
シェゾの言葉に、二人(?)は顔を見合わせて喜ぶ。
アルルはカーくんの小さな手に指でハイタッチをした。
ルルーは、少し意外に何事もなく進んだことにやや不満を抱いているようだが、まあそれは良しとしよう。
そもそもシェゾがわざと何もないで済むよう、早めに音を上げたのだから、そうだろうが。
しかし、この時音を上げたのは、シェゾだけではなかった。

ぐう〜〜〜〜う。
『あ。』
「ぐ?」
まだご飯を食べていなかった二人のお腹が、同時に音を上げる。
お昼ご飯そっちのけで東の森に来た、アルルとルルーである。

「えへへ、ご飯にしよっか?」
「そうね」
「ぐーー!」
二人がシェゾに予測通りの台詞を言った後、何故かカーバンクルまで同意し出す。
どうやら、先に進めるのはもう少し後らしい。
(おいおい、アルルだけでもややこしいってのに……更に筋肉ダルマ女やカーバンクルの面倒まで見ろってか?
勘弁しろよな……)

シェゾは、珍しくも、思わずため息をついてしまった。




続く



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