アルルの放課後
3.「見えざる恐怖」その3 「その後、私は意識がもうろうとする中、森を歩いていたわ……。 そして、カーバンクルが倒した魔物に遭遇してしまったの」 「ぐー!」 ルルーに名前を呼ばれ、カーくんは「えっへん!」と胸(?)を張った。 カーくんのその姿が気にくわなかったらしく、ルルーはカーくんにデコピンをくらわせる。 コテンと、勢い余って倒れたカーくんを抱えて、アルルはルルーの言葉にもう一度聞き入る。 ルルーも、そのまま何食わぬ顔で続けた。 「そして……気付いたわ。 私はその『ウサギ』に、力を奪われていたことを……」 「…………。」 しかし、アルルは何も答えることが出来なかった。 格闘家であるルルーにとって、戦う前から膝を付いてしまった上……今までの人生で、一生懸命磨き上げてきた『力』を奪われてしまったのだ。 本人はその辺りの感情までは語らなかったが、恐らくルルーの人生の中でもかなり屈辱的な出来事であったに違いない。 アルルには、何も言うことが出来なかった。 しかし、不意にシェゾが笑い出した。 「くくくく……。はははははは! 欲しい!欲しいぞその力!」 「シェゾ?!」 シェゾの狂気の叫びにも聞こえる言葉に、アルルは思わず声を上げた。 驚くアルルを見て、シェゾは「心外だな」と言って続ける。 「オレの目的はそもそもお前の魔力だぜ? 何がおかしい、奪う術があればそれを得ようとするのは当然だろ?」 「…………。」 問いかけるように言うシェゾに、アルルは何とも言えなかった。 ――……確かに欲しいものを求めるのは当然だよ? だけど……シェゾが求めてるのは、ボクの魔力だから。 求めて、欲しくなかった―― 目頭が熱い。 涙が出そうになった。 「それに!」 一際大きいシェゾの声に、アルルは脅えた様に震える。 それをルルーが優しく抱きしめた。 しかし、視線は厳しく、シェゾの方を見据えている。 しばらく、全員が無言だった。 場の状況が分からず突然歌い出すようなカーくんも、今はアルルを心配し、黙っている。 最初に口を開いたのは、シェゾだった。 「――お前の魔力は、お前が魔導学校で修行して力を身に付けた時、いただきに来る。 そんなこと言って、最後お前と別れたんだろ? オレは。」 「……?」 シェゾの言わんとしていることが分からず、アルルはルルーの腕の中で首を傾げる。 確かにアルルが魔導学校に来るまでの間一緒に旅したとき、最後にそう言って分かれた気がするが……。 よく解っていないアルルに、シェゾは言葉を続ける。 「だーかーら、お前はオレのものなんだ! 手を出してきそうな奴は、片っ端から潰しとくのが、その間のオレの仕事ってもんだ。」 「ちょっと! あんたまだアルルをもの扱いしてるの?!」 腕の中のアルルを怖がらせないようにシェゾだけに凄みをきかせて、ルルーが叫ぶ。 シェゾはキッパリルルーを無視した。 「その『ウサギ』、どっかの筋肉ダルマ女を狙ったくらいだ、アルルを狙わないとも限らない。 今の内に、オレが潰す」 「……ちょっと。筋肉ダルマ女って、誰のこと?!」 「お前」 「あんたねぇ……」 「それって……」 『?!』 危うく言い合いになりそうになったところで、アルルが口を開く。 思わず二人は言葉を止め、ルルーの腕の中のアルルを見た。 ルルーはアルルの様子が落ち着いていることを確認し、そっとアルルを放す。 アルルはシェゾを見て、呟くように言った。 「……ルルーの敵を討つってこと?」 「…………私、まだ死んでなくってよ」 「え、あと、そうじゃなくてっ」 妙に慌てるアルルに、ルルーは優しく微笑んだ。 「分かってるわよ。つまりあの男が……。 言葉を簡潔にまとめられない、バ・カってことね?」 「おい」 ルルーのちょっと挑発的な解釈の仕方に、乗りやすいシェゾがいきなり怒りだした。 けど、アルルがそれを二人の間に割り込んで止める。 ……確かに、理由をものすごーく遠回りして無理矢理付けた感じだから、素直に言いたいことが伝わりにくかったけど。 それでも長い間やりとりをしていたせいか、アルルはシェゾの言いたいことが分かった。 だから、それに対しての言葉を返した。 「ありがとう、シェゾ! えと……ルルーの力を奪ったものを、倒す手伝いしてくれて。」 その時アルルから自然にこぼれた笑顔は……、シェゾを、一瞬素直にさせた。 「お前のためだろーが」 「え?」 でも、それは一瞬のこと。 「何でもねーよ! それに、礼は全部終わってから言えよ!」 直ぐにいつものシェゾに戻って、そっぽを向いてしまった。 「あ、う、うん……」 何故突然シェゾが怒ったように叫んだのか分からず、アルルはもっともな回答に、曖昧に答えた。 だがもちろん、地獄耳のルルーには、丸聞こえである。 が、ルルーはからかうようなことはせず、後でそっと内容を言うに留めておくことにする。 「ところで……アルルはどうするわけ?」 「何を?」 きょとん、と尋ねるアルルに、ルルーは「なんて鈍い子なのかしら……」とため息をつき、捲し立てた。 「私の敵討ちとやらよ! シェゾがやってアルルはやらない……なんて不条理なこと、無いわよね?」 問われてアルルは、即行で答える。 むしろ、答えないはずがないと、そのがにいる誰もが分かっていた。 「もちろん!ボクもルルーの力を取り戻すの、手伝うよ! 一生懸命頑張って手にした力だもん、取り戻そうよ!」 「ぐー!」 「あら? カーバンクルも?」 これは意外な戦力だ、とルルーは思う。 何せルルーは見てはいないが、カーくんの力はもしかすると四人(?)の中最強だ。 アルルは、親友のカーくんと一緒にいられる嬉しさから、満面の笑みで頷いた。 「うん!」 嬉しそうなアルルを見て、ルルーはまるでアルルの姉であるかのように笑う。 ルルーには絶対内緒だけど、アルルは密かに思っていることがあった。 ルルー・シェゾ・アルルで、まるで家族になった気分だということ。 そして……。 もしかしてルルーはこのまま、怪力お姉さんじゃない方がいいかも知れないということ。 アルルは、後者だけは絶対に言うまいと、密かに誓っていた……。 続く |