アルルの放課後
3.「見えざる恐怖」その1





魔物を倒したあの後。
アルルはひとまず、いつの間にやら気絶してしまっていたルルーを起こすことにした。
本当はその前に傷の方を先に治しているが。始めはシェゾが
「体力馬鹿のこの女には必要ないだろう。」
と言っていたし、アルルもルルーの生命力は認めていたので治すつもりはなかった。
が、どうもおかしなことに、ルルーの傷は出血は止まっていたものの、回復がどうにも遅かった。
そこで予定変更し、ヒーリングをかけたのである。

(いつものルルーなら、こんな傷くらいへっちゃらなはずなのに……。
何か、様子が違うみたいだなぁ)
ルルーの治療をする間、アルルはそんなことを考えていた。
思えば、始め魔物から逃げてきたときも、足が遅かったりルルーが魔物に反撃した形跡がなかったりと、おかしな点はあった。
もっともその時点では、アルルはそのことに気付いていなかったのだが……。

それはさておき、アルルは呪文を唱える。
「世を駆け抜ける白き者よ、我が言霊に従いて静粛なる雷となれ!
ライトニング!」
放たれる瞬間、溢れんばかりの光が、アルルの目の前で炸裂する。
そのことを想定していたアルルは、堅く目を閉じており、ビビッという電気が走る音と共に目を開いた。
「いやあああああ! 痺れる〜〜!!」
すると、丁度電撃のショックで目を覚ました、ルルーが目に入った。
ちょっと荒っぽいやり方だが、ルルーは無事起きてくれたので良しとする。

何せ、ルルーときたら……。
以前、声を掛けても、耳元で叫んでも、揺すっても、はたいても、叩いても起きなかったことがあるのだ!
それだけやっても起きないので、以来アルルは、強行突破に出ることにしている。
しかし今回はほんの心持ち呪文をアレンジし、威力は弱めにしてある。
これはアルルがシェゾから習ったことだが、呪文とは用途や相手によって、アレンジして使うものらしい。
アルルの場合、呪文を「短く」するようアレンジしている。
それは戦闘中にとっさに発動できるようにともう一つ。
本来の長さだと、覚える量が多くて覚えられなかったのだ……。
今ルルーに放ったライトニングも、「静粛」という言葉により威力を弱めてあるわけだ。

「あたたたた……。
あれ? ここは……?」
それでもまだ全身に痺れが残っているのか、ルルーはぎこちなく起きあがると、まずそんな問いかけをする。
まあ、シェゾが答えてやるはずもなく、カーくんが答えても通じないので、消去法でアルルが答えた。
「ここは魔導学校の東にある、東の森だよ!」
しかし。
ルルーはアルルに軽くデコピンをくらわせると、アルルが反応するよりも早く言った。
「そんなこと、あんたに聞かなくても分かってるわよ!
私が聞きたいのはね、どうして私があんたとカーバンクルの側にいるか、ってことよ!」
さり気なく無視されたシェゾは、何か反論しようとしていたが、途中で止める。
恐らくとりあえずは、ルルーに異常が見られないことを確認することにしたのだろう。

ルルーの雰囲気が正常なのを見て安心するアルルの横、シェゾは既に次の問いかけをしていた。
「……一体、何があった?」
「はあ?」
いつも通り言葉が足りないシェゾの台詞に、ルルーは形のいい眉をひそめた。
確かに、ルルーはいつもよりパワーが無いみたいで、何か様子が変だが……。
今の質問ではアルルだって、唐突すぎてちょっと直ぐには答えられないだろう。
「何があったって……何がよ。
いくら変態だからって、いきなり分け分かんないこと聞くんじゃないわよ!」
いつもながらのルルーの挑発的な台詞にしかし、シェゾは応じなかった。
それどころか、真剣にルルーを見つめている。
「な、何よ……」
そんなシェゾに、ルルーはたじたじだ。
そう、シェゾは黙って真剣な顔さえしていれば、かなりの「美青年」の域にはいるのだ。
そのシェゾに見つめられて平常心を保てるほど、ルルーは人間出来ていない。
ルルーが絶えかねて顔を払いのけようとする手が動いたとき、シェゾは静かに……それでいて真剣に、口を開いた。

「このいきなり何もない所で転ぶようなにぶちんアルルの目はごまかせても……、一応剣士でもあるオレには、ごまかせないぜ?
お前の力は、著しく低下している。何故だ。」

「…………!!」
シェゾの言葉に、ルルーは明らかに見て分かるほど動揺した。

一方アルルは、別のことにツッコミを入れる。
「ちょっとシェゾ! そんなことまだ覚えてたの?!」
そんなこととは、転んだことである。
「ぐぐー」
その横で、「ボクも覚えてるよ〜」と、カーくんがピコピコ手を挙げた。
「カーくんまで! うう、しくしく……」
その瞬間、アルルは言葉もなくショックを受けた様子ですすり泣く。
シェゾは、言いにくそうにしているルルーを見て、仕方ないと言わんばかりにため息をつく。
多少心の準備をする時間をやろうと、わざとおどけた調子で言った。
「ああ、あのコケッぷりは思わず絵に描きたくなるほど間抜けだったからな〜」
「むうううう! シェゾのいじわる!」
シェゾの挑発的な言葉に、アルルは単純にも直ぐに反応してくる。
カーくんに言われたショックも、そこで吹っ飛んでしまったようだ。
アルルがいつもの調子に乗ってきたので、シェゾも調子に乗り、さらに言葉を続ける。
「ああ、結構。お子ちゃまに言われても何の苦痛でもないからな。」
「あ〜、ルルーみたいなこと言う〜!!」
アルルはすっかりシェゾのペースに巻き込まれてしまった。
ルルーのことも忘れてるのではないかと疑いたくなる。
まったく変わらないアルルの様子を見ていたら、ルルーは少し落ち着きが出てきた。

ルルーは先程あった突然の事態を思い出し、どうしようもなく空を仰ぐ。
しかし、木々の隙間から見える空は……。
とても狭く、頼りないほどに小さかった。
そして、ルルーは語ることに躊躇することは、何の意味もないと気付く。
戸惑っているのは、何のせいか。
自分のプライドを、守るため?
だが過ぎ去った事実は変わることなど無く、そんなことは無意味かも知れない。
アルルを、巻き込まないため?
しかし自分が関わってしまった時点で、アルルは巻き込まれているような気がする。
それだけ側にいて、共に行動する……友達なのだから。
「ふふ……」
どうしようもないときにアルルを友達だと認識しておく自分を、卑怯だと思ってかルルーは微笑した。

同時に決意し、シェゾの問いかけの答えを……ルルーは、静かに語りだした。
「実は……ね、負けちゃったのよ、私は……」
「え?」
「ぐぐ?」
「…………。」
ちなみに、アルルとシェゾはだいぶ脱線して会話を進めていたところだ。
急に本題に振られ、アルルは「ごめん、もう一回言って」と返して来るんじゃないかと予測できるほど、聞いてなかったというような返事をした。
シェゾの方は、もはや何も言わなかった。
カーくんなど、もう全部の事情を分かっていない感じだった。
しばらく、よく分かんない沈黙が続く。

それを破ったのは、アルルだった。
「えっと……ごめん、もう一回言って?」
双方口を開かない状態に痺れを切らしてか、アルルは言いにくそうに予想された言葉を言う。
その言葉に、ルルーはいくらかいつもの口調に戻りながら話し始めた。
「私は、敗北してしまったのよ……あいつに」




続く



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