アルルの放課後
2.「遭遇」





東の森。
魔導学校から片道三十分の位置にある、魔物が割と多く生息する地域である。
ここは魔導学校の生徒の中でも、優秀な成績を収めているものでなければ外出許可が取れない。
時折魔法の実習などで訪れることもあるのだが、森の奥には教師にしか判らない謎の生態系が存在しているらしく、ほんの手前までしか足を踏み入れることはない。
アルルとカーくんは、奇跡的(?)にも、その条件をクリアし、この森へと来ていた。
アルルはペーパーテストこそ思わしくない成績だが、実技はぴかいちなのである。
ペーパーテストの方も、最近はある人物の協力により随分と実力を付けてきた。
今の現在地は、森の割と学校に近い辺り、極浅い地域である。

「うわ〜、いつ来てもちょっと薄暗くて、不気味な所だね〜」
アルルが呟くと、カーくんも「ぐ」と同意する。
その言葉通り、森の中は昼間だというのに薄暗かった。
魔物が微妙に見え隠れする環境も、あまり心地よいとは言えない。
むしろ、不気味な雰囲気を醸し出している。

とは言え、アルルもだてに東の森に月に一回来ているわけではない。
今では薄暗さや不気味な雰囲気に惑わされずに、物事を判断できるようになっていた。
ここに来るだけで、ある種の修行が出来るとは、アルルも少しばかり驚いている。
(学校から見ると、ただの森にしか見えないんだけどなぁ)
何となく森を観察しながら、アルルはそんなことを思い出す。
ともあれアルルは、月の始めここに来る人物を、ルシファー先生から頼まれたお使いに巻き込もうと考えていた。

呼べば出て来るであろうその人物を呼ぼうと、アルルは空気を命一杯吸う。
先程ルシファー先生を撃沈させたとおり、アルルの声は殺人(ルシファー先生は人じゃないけど)的に大きい。
本気を出せば幾分か遠くにいてもその人物には聞こえるだろう。
現に、アルルが呼んでその人物が来なかった試しはない。

アルルは、渾身の力で、お腹にためた空気を声に変えた!
「お〜い! シェ……」

しかし、声を出しかけた瞬間聞こえた物音に、アルルは息を声ごと飲み込んだ。
何かが、草を踏み荒らしつつ近づいてくる音。
それと非常に酷似していた。
この状況下で考えればまず、魔物が近づいてくる音と考えた方が妥当だろう。

とっさにそう判断すると、アルルは音の方に身構え、ファイヤーを放つ準備をした。
カーくんも、いつでも行動できるよう、神経を研ぎ澄ませている(と思う)。
アルルは、魔力を炎のイメージに換え、掌に集中させた。
距離は、後三十メートルといったところか、動きはそんなに早くなさそうだ。
人の走る速さと同じ程度。
これならアルルも、余裕で準備できる。
アルルは体内に巡る炎のイメージと並行して、簡単な呪文を紡いだ。
「炎の灯火を宿いし者よ、我が言霊に従いて火と化せ……」

後は放つだけ、といった頃に、だんだん音は大きくなり、来る方向の草が揺れ始め……。

最も大きい音が聞こえた瞬間、影が木の影から出現した!

「ファイヤー!」
「ぐぐぐーぐぐー?」
同時に、アルルはファイアーを放ち、カーくんは……
アルルに、「魔物じゃないみたいだよ?」と呼びかける。

「え?」
「きゃあああああ!」
アルルが間抜けな声で聞き返すのと、女の人の悲鳴が上がったのは、同時だった。



女の人の悲鳴が、森の中に響く。
恐らく、アルルのファイヤーに当たったからだろう。

(いけない!
直ぐに消さなきゃ!)
思った直後に、アルルの口が呪文を紡ぎ出す。
「凍てつきし瞳を持つ者よ、風の中に住まいし者と共に我が言霊に従いてその力を示せ!」
そしてものの数秒後、アルルの手からはファイヤーとは全く異なる性質の魔法が、放たれた!
「アイスストーム!」
甲高い音を立てて、ファイヤーをアイスストームが相殺する。

これで間一髪で、女の人は無事だった……と思う。
こうして頭で思ったことが、直ぐ行動に移せるようになったのはつい最近のことなので、確証は全くもてない。
「大丈夫ですか?!」
ちゃんと相殺できたか、自分の技量がかなり心配なので、アルルは直ぐに女の人の方へ駆け寄った。

魔法の相殺により、辺りには濃い霧が立ちこめている。
白くなった空間を抜け、その向こう側に出ると……。
倒れていたのは、アルルより二歳くらい年上の、女の人だった。
綺麗な青い髪に、赤い色が混じった、美人な女の人。
腰まで伸びた長い髪が、呼吸のリズムに揺れているところを見ると、生きてはいるようだ。
周りには人がいる様子もないので、一人でこの森に来たのだろうか。
大きくスリットの入ったドレスを着こなして、勇ましくも魔物の出る森に
一人で赴くなど……
誰かとやけに印象が重なる。

と言うか。
「ルルー!どうしたの!?」
その印象の重なる誰か……ルルーの名を、アルルは叫んでいた。
魔物に追われ、足の遅い可憐でひ弱な美人さながらに逃げてくる……という場面があまりにもルルーとかけ離れていたために、アルルは一瞬気付けなかったのだ。
体力・運動能力が一般の人より変態的に優れたルルーなら、きっとどんな魔物も一撃に違いないからだ。

そんなルルーにファイヤーを当てたとなっては、後の仕返しが怖い……
色々な意味で念のためにアルルは近くで眺めてみるが、ファイヤーが当たった様子はなさそうなので、とりあえずは安心だ。
アルルがホッと息を付いていると、アルルはあることに気が付く。
髪に混ざる赤い物は、何と……
どくどくと吹き出る鮮血だった。

アルルは身をこわばらせる。
すぐさまヒーリングの呪文を唱えようとするが、動転して何度かつっかえる。
深く息を吸って初めから唱え直す。
しかし唱え終えようとした時、ルルーが微かに言葉を絞り出した。
「逃げ……て。
魔……も……のが……。」

「へ?」
『ルゴゴゴゴゴォウ!!』
アルルが言葉の意味を理解するよりも早く、ルルーの来た方向……アルルの背後から、魔物の咆吼が響いた!
そして……、アルルが振り返るよりも早く……。

魔物の腕が、振り下ろされた。

「ぐーーーー!!」
「危ない!!」
カーくんの叫びと、男の人の声が響いたとき。
キイイイインッと、金属がぶつかり合うような甲高い音が、アルルの真後ろで響く!
アルルが、急いで振り返ると、そこには……。

「おい、アルル!ちんたらしてねぇで逃げろよ!」
「シェゾ!」
銀髪に青いバンダナ、黒に統一された装備……分かりやすい特徴を持った闇の魔導師、シェゾが、魔物の爪を愛剣である闇の剣で受け止めていた。
いつものシェゾなら、闇の刃で一撃で倒してしまいそうな相手だが……。
「おい、早く逃げろって言ってんだろ!」
シェゾは、魔物を押さえたままアルルに怒ったように言った。
どうやらアルルを助けるために、動けないでいるようだ。

アルルはそのことを察したが、あえて口にはせず、「うん……」と応えてルルーをカーくんと一緒に魔物から離れた位置に運ぶ。
それから、急いで応急処置用のヒーリングを唱えた。
「命を満たす生命の安らぎよ、我が魔力の下に集いて、命を注げ……。
ヒーリング!」
それを先程血が出ていた箇所に回復魔法をかけると、直ぐに身構える。
その様子を横目に見届け、シェゾも魔物との戦闘体勢に入った!

「はぁっっ!」
高速で剣と爪が交差する。
一瞬火花が散ったように見えた。
シェゾは魔物の爪をはじくと、少し間合いを開けて魔物と対峙した。
そのスキを狙って、アルルが瞬時に魔法を放つ!
「ファイアー!」
『グオオオオ!』
獣系だから火には弱いはず……とのアルルの読みは当たった。
魔物は怯んで、シェゾが攻撃できる程度のスキを与えた。

シェゾが地を蹴ると、次の瞬間には、闇の剣が魔物の腹をないでいた。
剣が魔物の皮膚も肉も切り裂いていき、そこから赤ではない色の血がこぼれ出す。
傷は深い。
致命傷のはずだ……が。
何と驚くべきことに、その傷は物凄い早さで治っていく。
シェゾは驚きこそしなかったが、あからさまに舌打ちをした。
「くそ……!
単細胞は再生が速くて困るぜ!」
小さくぼやいたシェゾの言葉が、アルルの耳に届いた。
無論、そういった相手は、一撃で倒してしまうのがベストなのだが……余りに無慈悲な倒し方をするとアルルがうるさいので、シェゾはどう倒したものかと悩んでいた。
そんなことはアルルに伝わるはずもなく、何よりアルルはシェゾの言葉を聞いた時点で、既に思考を張り巡らせてる。
(回復が早い……? とすると、剣はダメかなぁ。
あれ? でも、これなら!)

その時、アルルが何かを思いついたらしく、シェゾに向かって叫んだ。
「シェゾ、もう一回斬って! そしたら直ぐに離れて!」
「は? 何考えてんだ……。
ま、やってやるぜ!」
戦闘中の会話は命取り……と思ってのことか否か、言い終わらない内に、シェゾは再び地を蹴る。
流石に今度は魔物も反撃してくるが、振り下ろされた腕を横に跳んでやり過ごし、シェゾは魔物の懐に入り込んだ。
そこから斬りつけると同時に、腕をくぐり抜けてそのままダッシュする。
傷ができたのは……左の脇腹の辺り。
そこに狙いを定め、アルルは準備していた呪文を放つ!
「アイスストーム!」
アルルの掌から出現した魔法は、バッチリ魔物の左の脇腹に着弾する!
「よし!魔物さんには悪いけど……これで傷は治らないよ!」
魔法を放った体勢のまま、自慢げに言い放つアルルに対し……。
「でもやるならファイアーの方が、傷口から体内を燃やせて良かったんじゃないのか?」
剣を構えなおした状態で、シェゾが冷ややかに突っ込んだ。
「う……。
そ、それだと痛そうだからダメなの!」
アルルは図星を指され、動揺しつつも、何とか反論する。
それにしても言うことが微妙にお人好しである。
『ウゴ……』
二人が言い合う間、魔物がカーくん達の方を向く。
二人はそれに気付かない。
カーくんもカーくんで、気絶してしまったらしいルルーを起こすべく(?)、その顔面で踊っていた。
顔の上で踊られても起きないルルーは、魔物のことなど気付くはずもない。

風の音と聞き間違うほどに、魔物は小さく唸った。
……かと思うと、いきなり口から炎を吐き出した!
轟音が空気を裂く。
視界の隅で紅く輝く光に気付き、二人は振り向くが……遅かった。
炎はカーくんの間近に迫り、倒れているルルーもろとも飲み込む勢いだった!

「カーくん!!」

「ぐーーーーー!!」
迫り来る炎に対し、カーくんは叫んだ。
アルルの呼び声に対する答えでも、悲鳴でもない。
直訳すると、「消えちゃえ!」だ。

すると、カーくんの額の宝石……ルベルクラクが紅く輝き、そこから一条の光が飛び出す。
それは言葉通りに、あっと言う間に炎を粉砕し、直線上にいた魔物も消し飛ばした!
チュッドーーーン
「ぐーー!」
炸裂する爆音をバックに、カーくんはポーズを取る。
見た目の派手さの割に周りの物にまで余波は及ばないらしい、爆発による煙がなくなった後には、元のままの森が広がっていた。
この世から、魔物の姿だけを散り一つなく消し去って……。
一同は唖然とし、その状況を眺めていた。

しばらくして、アルルが気付く。
アルルがシェゾにさっきの作戦をさせなければ、シェゾは未だあの魔物と斬り合っていたであろうことに。
「シェゾ……離れといて、良かったね」
「あ、ああ……」
(ったく、とんでもない奴だな、あの生き物は……)
応えたシェゾの額に、冷や汗が浮かんでいたのを、アルルは見逃さなかった。




続く



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