アルルの放課後
7.「コレハ草争奪戦線!」その3





コレハ草の魔的な香りがする中、もう一つ仄かに漂う香りが一つ。
優しげな紅茶のにおいが、熱い湯気と共に白いカップから沸き立った。
ダージリンの紅茶をすすりながら、ウィッチは簡易な組み立て式のイスに座っていた。
そのすぐ正面には机が置いてあり、向かい側にはハイフラワーが腰掛けている。

ウィッチは紅茶のにおいを堪能しながら、ハイフラワーの話を聞いていた。
「……と、言うわけで。
お約束していたカブモド樹の実はその三人組が持ってきてくれるはずです!」
甘い蜂蜜の入ったアールグレイを一口飲み、ハイフラワーはにこやかに言った。
それにウィッチは、また紅茶をすすってから答える。
「そう、ありがとうございますわ☆」
「いえ、こちらこそ、リスカチェアの花の種を頂きましたから〜!」
再び笑顔で返したハイフラワーの手には、青い、一粒の種が乗せられていた。

実のところウィッチはアルル達と離れた後、すぐにこのハイフラワーの元へとやってきていた。
そこで、珍しい花の種をあげる代わりにカブモド樹の実を十個くれ、という商談を成立させていたのである。
ハイフラワーは頭に花を咲かせ、ジョーロを持つ精霊なだけあって、花を育てるのが好きだったりもする。
しかしながらハイフラワーとは普通、自然が生い茂った土地に住んでいるので、あまり植物を育てる機会というものがない。
大自然の中では、放っておいても育っていってしまうからだ。
と、言うわけでハイフラワーは、ウィッチの相談に乗ったわけである。

「ところで……皆さん遅いようですわね?」
コップを空にしたウィッチが、机の上にコップを置いて、半ば独り言のように呟く。
ハイフラワーも液体を飲み干して、軽く頷いた。
ウィッチは一応アルル達がここを離れるまで近くに隠れていたので、四人(?)が出ていったおよその時間は知っている。
ここからカブモド樹までの距離はそれほどなく、道中危険な魔物に遭遇することもない(コレハ草の魔的な香りは、魔物を寄せ付けない効果もある)はずだ。
よって。
「確かに、そろそろ帰ってきても良い頃ですねぇ」
一部ぽっかりと顔をのぞかせる空を眺め、ハイフラワーはウィッチに同意する。
コレハ草の生えている辺りは広い範囲に木が生えておらず、日が良く差し込むので、日の傾きにより時間を計ることが可能であった。

と、そのとき。
遠くの方で、不穏な足音がしたのを、精霊であるハイフラワーが捕らえた。
「誰か近づいてくるです!」
少し緊迫した様子で言うハイフラワーに、
「あら、アルルさん達かしら。」
ウィッチは、再びお茶を追加しながら落ち着いて言った。
アルル達と初対面であるハイフラワーは知らないであろうが、アルル達はとんでもないトラブルメイカーである。
それを知っているウィッチは不穏な森の動きを、きっぱりアルル達だと断定していた。

実際に。
『うわああああああ!!』
もの凄い早さで、もの凄く絶叫し、もの凄い顔で草むらから飛び出してきたのは。
ウィッチの予想通りに、アルル達だったのだが。

聞こえた第一声は、男の絶叫。
「待ちやがれーーーー!!」
森の奥から声がすると共に、魔法弾が炸裂する!
シェゾの手から黒い球体が放たれた。
ウィッチは焦らず、ハイフラワーを抱え、歩いてそれから逃れた。
アルルとルルーはそれぞれ左右に飛び、ドラコは魔法弾に迎え撃つ形となった。
「がおおおお!!」
ドラコの気合いと共に口から炎が出現し、魔法は跡形もなく消える。
程なくし、シェゾも茂みから飛び出し、近くのアルルと対する。

が。
「ストーーーップ、ですわ!」
次の行動は、ウィッチの一声により未然に終わった。
まさかこんな所にウィッチがいるとは思っても見なかった五人(?)は、同時に目が点になる。
カーくんは元から点な気もするが。

驚きのあまり拍子抜けしたシェゾから、カブモド樹の実がこぼれ落ちた。
その音に、アルル達は一斉に我に返る。
最初に言葉を発したのは、アルルだった。
「あれ〜?!
ウィッチ、どうしてここにいるの?!」
その問いに、シェゾがぼやく。
「……どうせこの女はコレハ草もカブモド樹の実も目当てだったんだろーよ」
いきなり核心をついている所がすごい。
もっとも、重り付きの全力ダッシュと魔法連打のせいで息切れしているため、あまり格好は付かないが。

一方、ウィッチは、
「分かっているのなら話は早いですわ☆」
と、反省の色は全く無しにカブモド樹の実を回収し始めた。
シェゾは再びキレそうになったが、生憎それだけの体力が残っていなかったために断念した。
怒りの方も、暴れまくったおかげでいくらか収まったらしい。

ウィッチはリュックサイズの袋を取り出して、その中に実を入れていく。
どう考えてもカブモド樹の実が六個入るか入らないかの大きさだが……。
七個目。余裕。
八個目。まだ余裕。
九個目。まだまだ余裕。
とうとう、十個目も入ってしまった。
なんだか、カーくんの胃袋みたいだと、みんなが思ったのは言うまでもない。

しかし、その謎はあっさり解けた。
「その袋……、以前オレが代金代わりに支払ったものか。」
「代金代わりに?」
シェゾの言葉に疑問を持ったアルルが、シェゾに質問を投げかける。
シェゾは、頷いてから説明し始めた。
「オレはその時金がなくてな。
んで、手元にあった魔法アイテムを売って、代金代わりにしたんだ。
一応オレが作った、空間を圧縮できる魔法アイテムだぞ。」
そして、圧縮といっても、この世に存在する空間の一部を別の空間に移しているため、圧縮されたように見えるだけだがと、シェゾは付け足した。
アルルはふーんと頷くが、今言ったことは覚えておけと言われたために、ゲッと言う顔をした。

そんな二人のやりとりを無視し、十一個目を入れようとしたウィッチを、ルルーが制した。
「ちょっと、そっちは私たちの分よ!」
「そうだよ!
あたしの分もあるんだからね!」
今まで木の幹に寄りかかり、やりとりを見ていたドラコも、叫ぶ。
ルルーはキッとウィッチを睨み付け、ドラコはカブモド樹の実を三つ、死守する。
とりあえずそのうち二つをシェゾに渡す(アルルだと、一緒にいるカーくんに食べられそうだから)と、少し離れた位置でウィッチと対峙した。

ウィッチは、小さくため息をつく。
「そんなにピリピリしないで欲しいですわ。
私だって、そのカブモド樹の実があなた方の分だと、言われないと分からないですもの」
「あ、それもそうだね……」
ウィッチの言葉に妙に納得し、アルルが呟く。
人の心を読める魔物・アウルベアならともかく、普通話してもいないのに個人の事情など知り得ない。
ウィッチがいつも神出鬼没なせいで忘れていたが、ウィッチには特異的な能力はないのだ。
まあ、ウィッチにとって、調合している怪しい薬が、特異的な能力を彼女に与えているかもしれないという想像はぬぐえないが。

ハイフラワーは、畏怖の的となっているウィッチの横を横切り、とてとてと駆け寄り、アルルに何かを手渡した。
「はい、コレハ草十株です〜!」
言って、ハイフラワーが出したのは、まだ花のついていない、若いコレハ草だった。
シェゾが説明するには、花のついたコレハ草は栄養が花にとられてしまっているため、薬にならないらしい。
ついでに言うと、花は毒性を持っているとのことだ。
アルルは必死に言われたことを覚えているので、ルルーがコレハ草の一つをドラコに投げ渡した。
それをドラコがうまくキャッチし、短く礼を告げる。
「ありがと!」
「どういたしまして!」

ルルーは言葉を返して、アルルに向き直った。
「さ、アルル。
さっさとコレハ草を渡して、盗られた物を返してもらっちゃいなさいよ!」
アルルはこくりと頷き、ウィッチに駆け寄った。

「はい、ウィッチ。
コレハ草!」
「ありがとう、ですわ☆」
ウィッチはコレハ草をリュックの中へしまうと、代わりに小さな物を取り出した。
金に輝く、シンプルな対のピアス。
紛れもなくアルルが作った、シェゾへのピアスだった。
「約束通り、お返ししますわ」
「わ〜、ウィッチ、ありがとう!」
アルルはそれを受け取ると、素直に思った通りにお礼を言った。

盗られた物を返してもらったとき、果たしてお礼を言うものなのか、周りの者は多少疑問にも思ったようだが。
しかし、アルルは本当に喜んでいるようなので、誰も口出しはしない。
代わりにシェゾが、顔をアルルから背けながら言った。
「ほら、もらってやるよ!」
「うん!」
アルルは嬉しそうに頷き。
ピアスが日の光を受け、淡いオレンジ色に輝いた。




続く



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