アルルの放課後
7.「コレハ草争奪戦線!」その2





その音が聞こえたのは、森の奥に進んで間もなくのことだった。
何かが折れる音と衝突する音、激しい二重奏が木々の合間を縫って響き渡る。
「な、何この音?」
突然聞こえ始めた音に、アルルは立ち止まって辺りを見回した。
カブモド樹のある場所はもう目前、途中魔物に会うこともなく、順調だった。
後はもう実を採って帰るだけ、を思っていた矢先にこの音だ。

不穏な音に(むしろ寝飽きて?)目を覚ましたカーくんが、目をぱちぱちとさせてアルルに尋ねる。
「ぐぐ?」
「ううん、まだ何の音だか分かんないんだ。
ルルー、シェゾ、何か分かった?」
言われてルルーは、首を横に振る。
地獄耳よりすごい彼女の天国耳も、今は普通の聴力まで落ち込んでいるらしい。

代わりに、シェゾは音の正体を突き止めたようだ。
「あっちだ」
シェゾが短く言い放ち、指さす方向は紛れもなく目的地。
よくよく聞いてみれば、この音は樹を斧か何かで切り倒そうとしている音だと、アルルにも分かった。
そこまで分かれば後は想像に難くない。
「まさか、カブモド樹を切り倒そうとしている輩がいるわけ?!」
アルルも想像していたことを、ルルーが叫ぶ。
その可能性は高い、とシェゾが頷くのを見て、
「とにかく急ごう!!」
「ええ!!」
アルル達は走り出していた。

森の奥地にいるせいか、木々の生い茂りは激しく、なかなか思うように走らせてはくれない。
それでも音だけが妙に響き、焦りを煽ってくる。
一番焦っているのはやはり、ルルーだった。
しかしルルーは何度も振り返ってくれるアルルのおかげで、何とか冷静を保っていた。
シェゾは、一直線に目的地の駆けていく。
その足取りが微妙に遅いのは、ルルーの早さに合わせているからではなく……単にやる気がないだけだろう。

程なくして。
ズーーーーーーーンッ
急に開けた場所に出た瞬間、より一層音が大きく鳴り響いた!
ここが目的地に間違いはなさそうだが……。
そこにいたのは。

「あははははは!
カブモド樹の実は全部あたしの物だからね!」
『ドラコ!!』
紛れもなくアルル達の見知った人物・ドラコケンタウロスだった。

ドラコは、手にした斧でカブモド樹に傷を負わせてゆく。
――ドラコは、サタン(アルル達の生きる世界・魔導世界において最強の魔力を誇る自称魔界の貴公子)に仕えている竜と人のハーフである少女だ。
彼女は主の命に忠実で、それ故ちょっと行き過ぎちゃったりもする。
今回樹を切り倒そうとしているのも多分サタンに何か言われたからだろうなと、アルル・シェゾ・カーくんは思った。
ルルーはサタンにぞっこんであるため、そんなこと微塵も考えないが。

とりあえず知り合いの出現に驚いてる場合ではない。
アルルは現状に気づくと、半ば反射的に叫んだ!
「やめて、ドラコ!!」

樹に斧が食い込むすれすれの所で、ドラコの手が止まる。
斧を片手に振り返ったドラコの目には、闘志がたぎっていた。
「何よ、アルル!
もしかしてあたしの邪魔する気?!」
鋭くにらみつけられ、アルルは思わず顔を引きつらせる。
「え……う、うん。
ドラコが樹を切ろうとするなら、絶対止める!!」
怖じ気づきながらも、アルルは叫んだ。
目的の物が目の前にある以上、引くわけにはいかない。

カーくんも、アルルの方で「ぐ〜〜」と唸っていた。
ルルーの目つきも険悪だ。
シェゾは、面倒臭いことは嫌だから早めにケリをつけてやる、という、やばい目つきをしていた。

一行の眼差しを受け、「これじゃあこっちが不利じゃないか」とブチブチ言いながら、このままだと敵いそうもないと見て、ドラコ自身が話と進めてくる。
「で、一体何の用なんだい?
いっとくけど」
ここでドラコは、びしっと人差し指をルルーに向かって突きつける。
「コレハ草はあたしがサタン様に届けるんだからね!」

「サタン?」
いきなりどうでも良い奴のことを言われて、シェゾは戸惑いの色を見せる。
変わって、ルルーの方は……。
「何ですって?!サタン様もコレハ草を欲していらっしゃるの?!」
驚くべき早さでドラコに駆け寄り、肩をつかんで揺さぶりをかける。
幸いルルーにいつもの馬鹿力がないのと、ドラコが半分竜であるため、幾分かはましであるが、流石に頭に衝撃を与えられるのは辛かったらしい。
ドラコは手にした斧を近くに投げ捨てて、慌ててルルーの側から離れた。

ルルーがもう一度突進して来る前に、ドラコが答える。
「さ、サタン様は城の庭園にコレハ草を植えたいっておっしゃられて……あたしはそれを手に入れに来たんだよ!」
今まで切り倒そうとしていたカブモド樹の陰に隠れつつ、ドラコはルルーの反応を伺った。
ルルーは何か納得したようにポンと手を叩き、
「なーんだ、そういうことだったの!」
なぜかにっこりと笑った。

あまりにも唐突な笑いに、有位にいるはずのドラコはダッシュでアルルの側まで逃げる。
アルルもどこか怯えているようだ。
そんな二人の様子など眼中にもなく、ルルーは自分の目論見を高らかに語り出した。
「サタン様が求めている物は、私が埋めて差し上げますわ!!
即ちっ、現在サタン様が求めているコレハ草も、私が届けに言って差し上げてよ!!
さぁ、ドラコ、その斧を貸しなさい!!
私はこの樹ごとコレハ草と交換して、赤い花束をサタン様にお届けするのよ!!」
言い終わらないうちに、ルルーはドラコの足下に放置された斧に掴みかかろうとする。
それをアルルがとっさに阻止し、ドラコが斧を拾い上げた。
しかし元々体力の乏しい魔導師見習いであるアルルは、簡単にルルーに吹っ飛ばされてしまった。

そして、ルルーとドラコが対峙する。
ルルーはドラコを冷たく睨み付け、ドラコは怯みながらも反抗する。
「ひいいいい!!
お、斧は貸さないよ!!
今のルルーに貸したら、やばそうだし……」
「さあ!!」
「あううううう!!」
しかしだめそうだ。

じりじりとルルーがドラコに近づいてゆくが、ドラコは足がすくんで動けそうにない。
蛇と蛙の睨み合いを横目に、アルルは傍観しているシェゾに助けを求めた。
「シェゾ!!
どうしよう、ルルーが怖いよぅ……!!」
もはや半べそ状態のアルルを見て、シェゾは呆れて言葉が出なかった。
どうやらアルルはルルーにいつもの力がないことを、忘れているようだ。
そして恐らく、サタンという単語を耳にしたルルーも、すっかり忘れているに違いない。

だがこのままだと話が進みそうもないと見て、シェゾは注意してやることにした。
「おい、ルルー。
お前は普通の人間並みに成り下がった情けない姿を、サタンに見せに行くつもりか?」

シェゾの言葉に、ルルーは完全に顔を引きつらせる。
やはり忘れていたようだ。
いつものシェゾなら、ここで軽口の一つや二つ叩いているところだが……。
あいにくルルーの次の行動に対する対策で、手一杯だ。
シェゾはまた耳を両の手で塞ぎ、隣のアルルにも合図して、耳を塞がせた。
アルルはカーくんの耳も起用に塞いでやり、それを見たドラコも不審がりながら耳を塞ぐ。

次の瞬間。
「しまったーーーー!!
忘れてたわーーーーー!!」
東の森に再び、叫び声が木霊した。



「じゃあ、あたしがカブモド樹の実三個で、あんた達が十個で良いね?」
「うん……ボク達は良いけど、ドラコは良いの?」
「良いって良いって!!
サタン様ならきっと、一株のコレハ草からでもいつか花壇一杯に増やせると思うから!」
自慢げに言い放つドラコに、頷くルルー。
その様子を見ながら、アルルはなるほどと思った。
サタンは初対面のアルルにいきなり「后になれ!」と言ってきた、シェゾと同等の変な人(?)ではあるが、その魔力は間違いなく世界一だ。
一株を花壇一杯にとは言わずに、雑草一本から大森林すらも生み出せるに違いない。

「ところで……早くいかないか?」
長々と喋り続ける女子達に、シェゾの怒りのこもった言葉が発せられる。
実は、アルルは小柄でしかも力がない、ルルーはパワーダウンによりアルルとどっこいどっこい、カーくんは小さすぎる(というか任せたら食われる)ため、カブモド樹の実の荷物持ちは、シェゾとなっていた。
「ふん、男なんだからちょっとは頑張りなさいよ。」
一つ子供の頭ほどの大きさがある実を十個も抱えるシェゾに、理不尽なことを言うルルー。
アルルは手伝うと言ったのだが、ルルーにたまには痛い目も見させろと言われたので、今は何も言うまいとしている。
カーくんは、シェゾの頭の上でくるくると回っていた。

ぷちっ
あまりにも格好悪く情けない姿をさせられたことにより、ついにシェゾは堪忍袋の尾を切った。
「てぇ〜〜めぇ〜〜ら、いい加減に……」
一つ一つの言葉にただならぬ気迫が漂っている。
アルルの本能が、これはやばいなと察知すると同時に、シェゾが叫んだ。
「しやがれーーーー!!!」

叫びながら、シェゾはダッシュで向かってくる。
カブモド樹の実を持っているくせにやたらと速く、三人は完全に不意をつかれるかたちとなってしまった。
『きゃあ!!』
突進してきたシェゾを、三人は何とかかわす。
同時に、カーくんはシェゾの頭からアルルの方へと着地した。
しかしパニック状態のアルルは、それを気にする余裕もなかった。

何をすればよいか分からず、アルルはうろたえまくっていた。
「あうっ?!
どうしよう、シェゾが……」
どうしようを連発するアルルに答える答えらしき物は見つからない。
ルルーはとりあえず他力本願に走ってドラコに押しつけた。
「えーっと、戦えそうなのはドラコくらいねぇ、よし、行きなさいドラコ!!」
「どーしてあたし?!
やだよ、何かめちゃくちゃ怒ってるじゃん!!」
もっともな回答に、ルルーの意見はあっさり撃沈される。

そのとき、シェゾが放った魔法が、三人の下に飛来した!
三人は一時バラバラの方向に逃げ、一時会話は中断される。
いや、シェゾが呪文無し魔法を連発しているので、たとえ同じ場所にいても話す余裕などなかった。
ドォンッ
再び訪れた爆裂魔法とおぼしきもの(呪文がないので正確には分からない)を横に飛んで回避し、アルルはルルーの側に駆け寄る。
すぐにドラコも回避と同時に二人の所へやってきた。

やはり話せる余裕を持つ者はなく、無言のままだった。
いや、一匹を除いては。
「ぐー!!」
『?!』
突然のカーくんの叫びに、三人は一斉に注目する。
アルルは納得して頷くが、ルルーやドラコにはさっぱり分からない。

しびれを切らしたルルーが、苛立ち混じりに尋ねた。
「アルル!!
カーバンクル、なんて言ったのよ?」
「とりあえず走れってさ!!」
ルルーの苛立ちに気づかないのか、アルルは即答した。
ルルーの代わりに、ドラコが返す。
「それもそうだね!
良いこと言うじゃん、カーバンクル!!
よし、じゃあ……」

『走るよ!!』

三人は、誰からともなくそう叫んで、元来た道を全力ダッシュしていった。




続く



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