アルルの放課後
7.「コレハ草争奪戦線!」その1





どれくらい意識を失っていたことだろうか。
すけとうだらの起こした水流に吹っ飛ばされ、いつの間にかアルル達は意識まで吹っ飛ばされていた。
四人(?)ともすぐ側に倒れていて、はぐれることはなかったのが幸いである。

不意に、近くの草むらが動く。
その音に気づいたシェゾの指が、ピクリと動いた。
どうやら目を覚ましたようだ。
「う……ここは、どこだ……?」
状況からして、かなり場所を移動しているのだろう。
そんなことを、目覚めたばかりのシェゾの頭は考えていた。

横を向くと、三人(?)がまだ気絶している姿があった。
いつもなら最も鍛えられているルルーが先に起きるところだが、
『ウサギ』に力を奪われているためいつもの力は発揮できなかったらしい。
しかしいつものようには気絶したところを見られずに済んだシェゾは、内心ホッとしていた。

思えば、ルルーが気絶している場面など見たことがない。
こんなことはもうないだろう。
いつもは見られないルルーの気絶ぶりを、シェゾはそろりそろりとのぞき込んだ。
「・・・こいつも黙ってれば良い所のお嬢様に見えるんだけど、な」
静かに呼吸を繰り返すルルーに、シェゾはそんなことを呟く。
まったく、誉めているのかけなしているのか、微妙なところだ。

アルルの方は、気絶が睡眠に移ったらしく、寝息をたてている。
カーくんも同じく眠っている。
だがカーくんの場合最初から気絶していたのではなく、寝ていたのではないかと思う。
何せカーくんは、普段から寝ていることが多いくらいだし。
「はぁ……」
何だか一人起きている状況が虚しくなってきて、シェゾはため息をついた。
「オレも寝るか……な?!」
思ったことを口にしかけたシェゾだが、辺りを見回してその考えを打ち消した。

目に飛び込んできたのは、赤い小さな花を付ける草。
紛れもなく、現在探し求めていた「コレハ草」だった。
しかもそれは絨毯のように、辺り一面に生えている。
「すっげ……!!」
思わずシェゾは目を丸くして、コレハ草を眺めていた。
ウィッチの店に置かれている、葉だけしか見たことのないシェゾには、とても興味深い光景だった。

「う……ん……」
シェゾの上げた声に目を覚ましたか、アルルがゆっくりと上体を起こした。
それからまだぼんやりとする視界を、目をこすって無理矢理覚醒させる。
最初に目に入ったのは、シェゾだった。
「あ、シェゾ、お早う……」
だがシェゾの反応はない。
疑問に思ったアルルは、シェゾの視線の先……アルルから見て、シェゾの向こう側をのぞき見る。

アルルが見たのはコレハ草ではなく……可愛い女の子だった。
そう、シェゾを起こした物音の犯人だが、コレハ草を目の前にしたシェゾに全く気付かれなかった人物だ。
それは、ショートカットの髪に、頭に大きな花を咲かせた、象型のジョーロを持つ女の子。
女の子といっても、4,5歳くらいだろうか。

だがアルルは微かな記憶の中、その子に覚えがあった。
「君は……ハイフラワーちゃん!」
アルルの声に、ハイフラワーとシェゾが同時に振り返る。
同時にルルーも目を覚ましたのが、アルルの目に入った。

直後、お互いの目が合う。
口を開いたのは、ルルーだった。
「ねぇ……、私たちは一体、何処へ飛ばされてきたの?」
「あ、そういえば」
言われて、アルルも頷く。
それからいかにも分かっていそうなシェゾの方に、二人は同時に振り返った。

確かにコレハ草を見たことの無い二人には、シェゾの向こうに生えている草の正体は分からなかっただろう。
しかし状況から判断して察してくれと、シェゾは呆れてため息を一つつく。
そして、仕方がないので説明してやろうと、シェゾが近くのコレハ草を示して言う。
「これがコレハ草だ。」
いつも通りといえばいつも通り言葉が少なく、アルルとルルーは一瞬理解するまで硬直した。
これだからシェゾはの言う言葉は正しい解釈がされず、周りの者にも「変態」と誤解されてしまうのだ。
まあ、他人から魔力を奪う行為を繰り返すシェゾは、少なくとも一般人ではないが。

そのシェゾが、唐突に耳を塞ぐ。
数秒後、ようやく理解した二人が驚愕の声を上げた。
『これが全部ーーーーーー?!』
「そうだ」
耳栓代わりの手を下ろし、シェゾは平然と答える。
流石にシェゾもつき合いに馴れたらしく、ある程度の行動は読めるようになってきている。
「んで、あいつがここの管理者ってとこだろうな」

そう言って、シェゾが指さした方向では。
ハイフラワーが、二人の叫びを間近に聞いてしまい、目を回していた……。



数分後。
「コレハ草を持っていくならぁ、条件がありますぅ」
『はぁ?』
ハイフラワーは、目覚めるなりそんなことを言いだした。
シェゾの言う通り、ハイフラワーがコレハ草を管理する者ならば、当然のことではあるが。

また面倒くさい目に遭うのかと落胆しつつ、シェゾが口を開く。
「で、何をすれば良いんだ?」
「カブモド樹の実を十個採ってきて下さい。
そうしたらコレハ草を五つあげましょう。」
『え?』
聞き覚えのある名前に、今度はアルルとルルーが同時にお互いを見た。

カブモド樹の実と言えば紛れもなく、ルルーが東の森に足を踏み入れた理由である。
ケガをしたハーピーの代わりに、ルルーが校則を破って一人で喉に良いというその実を
採りに来たのだ。
ここで手に入れれば、用事は一気に片付くわけだ。
が、そんな展開は少し都合がよすぎるというもの。

一応念のため、ルルーはハイフラワーに尋ねてみる。
「ねえ、カブモド樹の実って、余分に採ってきて、貰っちゃだめかしら?」
「え……? うーんとねぇ……」
言って考え込むハイフラワー。
その反応を見て、アルル達は少し不安になる。
ここで実を手に入れられないのは逆に、このままずっと実を手に入れられなくなる可能性も示していた。
何とかして得たい所だが、物には限りというものがあるので、難しいところだ。

ハイフラワーは、しばらくうろちょろ動きまくって考え込んでいた。
ちょろちょろ。
ちょろちょろ。
ちょろ
「ええい、鬱陶しい!!」
「わわーー、ルルー押さえて押さえて!!」
突然キレだしたルルーを、アルルが慌てて止める。
これにはハイフラワーも思わずビックリして、歩みを止める。

シェゾだけは冷静にと言うか感情もなく、静かに訊いた。
「で、どうなんだよ」
「あ、三つまでなら採っていっても良いと思います〜!」
シェゾの声に反応し、ハイフラワーは考え尽くした答えを出す。
答えを聞いたルルーが、思わず安堵の息を漏らした。

しかし安心している場合ではない。
ルルーがアルルの方を向くと、アルルもルルーの方を見ていた。
ルルーはアルルと顔を見合わせ、頷きあう。
これで道は決定した。
「目指すは、カブモド樹の実、ってわけね!!」
意気込んで、ルルーは誰かに伝えるように言い放った。

ルルーはハイフラワーにありがとう、と言って微笑むと、真っ先にシェゾに向き直る。
シェゾの顔が、ぎくりと引きつった。
それを見ない振りをしてあっさり無視し、ルルーはシェゾの肩をポンと叩いた。
「さあ、案内しなさい!」
反抗は許さない、と言った感じの笑顔で。

放たれた、お決まり(?)になった言葉に、シェゾはなんだかもう呆れを通り越して、なんだか泣きたくなってきた。
「またオレか……」
むしろもう、半べそかいていたかもしれない……。




続く



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