アルルの放課後
1.「おつかいへ行こう」その1 青い簡易的なアーマーに包まれる、白いタンクトップに青いシャツ。 ひらひらと風になびくスカートも青ならば、履いているブーツも青い色だった。 短い亜麻色の髪をまとめているスカーフも、青い。 まさに今という季節、鮮やかな日差しが強く涼やかな色が恋しい夏には、ピッタリな色をした少女がいる。 アルル・ナジャ、十六歳。 魔導士になることを夢見て、魔導師を世に多く送り出しているその道の名門校・魔導学校に、今春入学したばかりである。 夏に笑うひまわりの花のように、元気で明るく、活発な少女だ。 しかし、今その顔は今ちっとも笑っていなかった。 どんよりとしてきた目は眠気を体に訴え、脳味噌は既に半分寝ている状態である。 アルルの腰掛けている机から少し離れた位置には、ベッドか設置されていた。 魔導学校の生徒一人につき、一部屋与えられる部屋の、備え付けのベッドである。 ああ、あそこにダイブできたら、どんなに幸せなことだろうか。 幾度と無く繰り返し襲ってくる欲求に、アルルは頭を振った。 魔法の光を灯すランプが照らす、金色の光が、アルルを現実へ引き戻す。 「もう少しで完成なんだから、頑張らなくちゃ」 自分の頬をぺしぺしと叩き、アルルは覚醒を促す。 机の上には、分厚い魔導書に真っ白な紙に書かれた小さな魔法陣が乗せられている。 魔法陣のさらに上には、金色の物体が二つ転がっていた。 ピアスだ。 何の飾り気もないシンプルな物だが、金無垢の輝きがあった。 アルルは魔導書のページを探り、手を止めた。 息をのむ。 ページを開いたまま、アルルの口が言葉を紡ぎ出す。 遙か昔に失われた、強大な力を持つ言葉、古代語が、アルルの口から滑り出る。 『我、契約の主にして命ずる者、汝、契約者にして決する者。 我が願いを叶えんため、汝杖を振りたまえ。 彼の物、全てを閉ざさんと欲す。 戒めを与え束縛せしものを封じん事を願う!』 アルルは魔法陣の上に手をかざす。 掌と紙の丁度中心地に、光が生まれる。 精巧な球体を形成する、光だ。 光は魔導力を帯びて、微かに人影を映し出した。 アルルが事前に契約を済ませておいた、契約者だ。 小さな、妖精のような影は一瞬で消え、光はより一層増す。 光は魔法陣の中を埋め尽くし、突然消えた。 後に残るは、金色のピアス。 役目を終えた魔法陣は自動的に空の塵と化して机に散らばった。 「やた、成功!」 歓喜に打ち震えて、アルルが絞り出す。 魔法が失敗した現象もなく、魔法陣もきちんと機能した。 間違いなく成功した魔法に、アルルはもう一度、確認するかのように言った。 「魔力増幅のアイテム、完成だ〜!」 魔導書を掲げて、悦びに浸る。 そこで、嫌な物に、一番気付きたくなかったことに、気付いてしまった。 アルルが開いているページは、今し方呪文を唱えたページである。 比較的簡単な――しかし、一般人には意味を解することすら不可能な――古代文字が並べられている。 その見出しには、はっきりと書いてあった。 『魔力封印の呪文』。 「あれ?」 冷たい汗を流し、アルルは顔を引きつらせる。 呪文は確かに、正確に発動した。 非常に従順に、主の言葉に従った。 ただし、術者が根本的に間違えていたらどうにもならない。 魔力増幅と魔力封印。 ある意味相反する呪文のような気もする。 アルルは沈黙した。 ピアスを手に取り、呆然とする。 結論は、非情に下された。 「ま、いっか♪ どうせあいつにあげる物だしね〜!」 アルルはついに悦び半ばに布団にダイブした。 待ちに待っていた布団の感触に浸り、その顔はへらへらと緩んでいた。 5秒の後だろうか、息は寝息に変わった。 余程疲れていたのだろう、その眠りは深い。 主の離れたランプは、自動的に姿を消した。 かくして、室内にはようやくあるべき姿がもたらされる。 悦びにより、辛い作業は幕を下ろした。 闇の中で魔力を得たピアスは、なおも淡くきらめいていた。 *** 「アルル、アルル、アルル!」 アルルは、澄んだ女性の声を遠くに聞いていた。 意識は今や、別の世界にある。 うとうとと、アルルは声と眠気と対立している。 現在は眠気の方が優勢だ。 しかし、声の方は反撃を開始する。 「起きなさい、アルル!!」 キーンと、アルルの耳には甲高い音が残った。 あまりの声量に、耳が悲鳴を上げている。 アルルは目覚めを通り越して、もっと遠くの世界へ旅立ちそうになった。 何とか耐えて、今まで伏せっていた机から離れる。 背伸びをして、きょろきょろと辺りを見回す。 いつもの教室が、ちゃんとそこに存在していた。 だが、決定的な物が欠落している。 人だ。 「ほら、次は校庭での授業よ!」 ああ、だから人がいないのか。 アルルはボンヤリと考えて、うっすらと目を開ける。 目の前には、青い色が浮かんでいた。 アルルは青い色を、すぐ見知った人物だと認識する。 顔を上げれば案の定、綺麗な顔をちょっと怒りに歪ませた、知り合いの顔があった。 ルルー。 アルルの魔導学校入学前からの知人で、パワフルな怪力お姉さんである。 青く長い髪と同色のドレスは彼女のトレードマークと化していて、おかげで彼女のイメージカラーは青だ。 アルルは目を擦って、伸びをする。 それでもまだ眠気は強いのか、目はとろんとしていた。 「もう」 ルルーが呆れた声を出す。 踵を返し、ドアに手を掛け、体を教室の外へ出す。 「先行ってるわよ!」 言葉が切れると同時に、ピシャンとドアは閉じてしまった。 きっと相当待っていたのだろう、ルルーの慌てた足音がアルルの耳に響く。 気が付けば、いつも隣にいる大親友、カーくんこと謎の生物カーバンクルも、定位置であるショルダーガードの上にはいなかった。 もしアルルが正常な判断力を持ち合わせていれば、ここで飛び起きていたのだろう。 だがアルルには、今、眠気に勝るものはなかった。 眠気はアルルを支配し、意識を深いところへ誘う。 誰もいなくなった教室から、寝息が聞こえ始めたのは そのわずか数秒後のことである。 続く |