不器用な方法
最終話:「再び」




ここは何階だったかと、頭は必死に思い出そうとする。
ただ考えなくても判ることは、地面が遠いこと。
まだ、やりたいことは全然やっていないのに!

サタン様にだって、振り向いてもらってないのに!
そうだわ、アルルにもまだ謝ってないじゃない。
随分勝手なことを言ってしまって、きっとあの子は困ったわ。
レポートは、シェゾに渡したから良いとして。
とにかく、このまま死ぬのは絶対いやよ!

地面との距離があるせいか、色々なことが思い浮かんだ。
ミノのこと、ジイのこと、お父様やお母様のこと。
走馬燈はなぜか流れなくて、やり損ねたことばかりが思い浮かぶ。
だから最後の方にはもう、私とサタン様の結婚式の情景だけが思い浮かんでいた。

色々なことが合わさって、叫び声が自然に出た。
「シェゾのバカーーーー!!」

「何でだよ!」
返事は、思いの外近くから返ってきた。
「え?」
疑問に思って目を凝らすと、上方に人影が見える。
闇のように黒い服、月のように光る銀髪。
海のように深い、青の目。
紛れもなくそれは、見知った人物、シェゾ・ウィグィィ。

魔法を使っているのか、落下速度は以上に速かった。
あっと言う間に、私の隣に位置する。
感想を思いつく間もなく、シェゾの呪文詠唱だけが耳に入ってきた。
「レビテイション」
私の知らない魔法を、シェゾは放つ。
すると、私の体は浮遊した。

「間一髪だな……」
シェゾの疲れた声に応じて、下を見れば、地面は随分と近くなっていた。
後数秒で、私は潰れたトマトのような遺体になっていたことだろう………。
考えると、ぞっとしない。
私は顔をしかめて、シェゾの服を握り締めた。
「もっとしっかり掴まっておけ。
その方が、魔法を掛けやすい」
私は言われた通りに、シェゾの腕にしがみついた。
「いや、痛いからもうちょっと手加減してくれ」
一々注文の多い男である。

一瞬間を置き、私達は再び浮上した。
高く、高く、どんどん上がる。
周りの風景が、ゆっくりと下に流れ落ちた。
教室も、眼下に下った。
「あれ?」
シェゾは一体何をする気なのかしら。
未だに止まる気配はない。
地面付近にある物は小さく見えて、ついには学校の屋上さえ足下に来てしまう。

変な感じがした。
どんなに高くても、私が見られるのは、屋上から眺める風景まで。
小さい頃はジイと一緒に気球の乗せてもらったけど、
見知った場所の空を漂うのは初めてだった。
空を、一蹴りする。
当然底には何も、足場になるような物はなくて、気球とは大違い。

心は不思議と安定していて、恐怖はない。
シェゾは何を考えているのか、相変わらず判らないけど、落とされはしないだろうし。
私は、しばらく浮上していく感覚を楽しんでいた。

魔導学校が小さく見えて、その四方に魔導学校のある魔導島の名所が見える。
魔物が住まう広大な地、東の森。
琥珀の精霊が宿っていると言われる、古く美しい神殿の建つ北の湖。
古くから存在する魔神が封じられている、西の洞窟。
魔導島の人気スポットである、活気の溢れる南の町、コスターチェ。
薄暗い中でも、不思議と眼下に見渡せた。

どれくらいしてか、不意に上昇が止まる。
「これくらいで良いか」
シェゾを見上げるついでに目に入った星空は、とても近くに見えた。
「魔法使いついでだ、見方を変えるにはまず立ち位置を変えてみろ。
同じ風景ばかりでは、自分が何処にいるのかすらも判らないだろう?」

私は今まで、きっと森の中を歩いていた。
同じような木々ばかりが生い茂っていて、自分が進んでいるのかも判らない。
木々で辺りを遮って、他の物も見えない。
森の中を歩いてばかりじゃ、疲れるでしょ。
たまには止まってみるのも良いんじゃない?
木に登ってみたら、違う物が見えるかも知れない。
木の根本に腰を下ろせば、同じに見えていた森の変化が掴めるかも知れない。
ずっと同じじゃ疲れてしまう。
「うん、そんな感じ」

今の時頃は、夕暮れも過ぎ去り、夜を迎えるだけの世界。
微妙であまり情緒もない情景だけど、それも良いかと思う。
この夜で一番すてきなのはサタン様。
でも他にもすてきな物はたくさんある。
ただ私の場合は、どうせなら一番すてきな人を手に入れたいだけ。
それが、私。

「ありがとう、シェゾ」
不意にポツリと言ってみれば、面食らったようにシェゾは目を見開いた。
ちょっと腑に落ちない反応だけど、今は目を瞑っていてあげる。
あなたが驚く顔よりも、眼下に広がる世界を見ていたいから。

今は一息つきましょう。
そうしたら明日からまた、私は走り出せるわ。






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この壁紙は「空中庭園」の素材を使わせていただいています。