不器用な方法
エピローグ:「自分のやり方」




朝、朝食を済ませた後に、みんなでわいわいするのはいつものこと。
最初は、集団生活に慣れない私にとって苦痛な騒音だってけど、
今では微笑ましい朝のセレモニーのようなものになった。
今日は話題の一つに、昨日壊れた窓のことがよく上がっている。
窓は翌日には綺麗に修復されていて、
魔導学校の偉大さを生徒に改めて印象づけていた。

それを、担任の教師が止めるのも、いつものことだ。
今日も、扉の開く音と同時に、生徒の話し声がピタリと止む。
教室へと入ってきたのは、黒い服を着た背の高い人物だった。
「諸君、おはよう。
去年私の担当だった生徒は知っていると思うが、私はルシファーだ」
しかししかし、黒い服違い!
現れたのは、黒いローブを顔の半ばまで被っていることで有名な、
ルシファー先生だった。
私も昨年ルシファー先生が担任だったので、よく知っている。
いや、お茶目で格好良く優しい教師として、全校生徒に知れ渡っている先生だ、
ほぼみんな彼のことを知っているに違いない。

私はとても懐かしい感覚を覚えたけれど、素直に喜ぶ気にもなれなかった。
別の先生が担任の代わりに来るなんて、理由は一つしかない。
「このクラスの担任であるシェゾ先生は、今日体調不良のためお休みだ。
今日一日代わりに私が担当するので、みんなよろしく頼む」
『は〜い!』
みんなが返事をする中、私は何も言う気になれなかった。

私の知る限り、風邪すら一度も引かなかったシェゾが、体調不良だなんて。
昨日話をしただけに、ちょっと気にはなった。
その時は別に何も異変はなかったのだけれど……。

「ねーねー」
近くの席であるアルルが、私にこっそり声を掛けてくる。
「珍しいね、シェゾが体調不良だなんて」
私は頷き返した。

昨日空中遊泳させてもらったし、お礼もかねてお見舞いにでも行こうかしら。
きっとビックリするでしょうね!

「アルル」
「なあに?」
私は、驚く顔を想像して、思わず顔をほころばせた。
「一緒にお見舞いにでも行かない?」

アルルはもちろん、驚きの声を上げた。



俺は見舞い品の、魔導酒を少々飲み込んだ。
昼間からはまだ酒を飲む気にはなれない。
そうも言っていられない状況ではあるが。
「シェゾさん、ちゃんと飲まないとダメですよ。
今のシェゾさんは、魔導力が欠乏しているんですから」
良いながら、キキーモラはサタンから預かった魔導酒を、俺の持つコップに注ぐ。
キキーモラは、サタンが見舞いに来られないので、代理に教員の寮へ来ていた。
さすがに校長はそこまで暇ではないらしい。

そもそも俺がこうしてベッドに寝そべっているのは、魔導力を使いすぎたからだった。
ルルーを抱えての浮遊と、直後のガラス修復作業が痛かった。

実は浮遊の魔法は、かなり魔導力消費が大きかったりする。
消費魔導力量は対象物の質量に比例していて、
高度や移動速度にも大きく関係がある。
ルルーと俺の体重を、相当な高度まで持ち上げたその消費量は、
冗談じゃないくらいだ。
何より、俺はつい最近まで、浮遊の魔法は使えなかった。
以前サタンが使っていたのを見て面白そうだったから、教えてもらったばかりだ。
まるで初心者なのに、いきなり無茶な使い方をしたため、そのダメージは倍増する。
かくして俺は、魔導力不足に陥ったというわけだ。

一気に魔導力を消費したために、体がついていけなくなった上、
修復作業は夜中までかかった。
結局ルルーのことも気になって、夕食前に教室に行ったのもいけなかった。
おかげでルルーに教室に来た理由を問われ、思わずガラス修復のためだと答えた。
後には引けず、作業をやり出したら、夕食も食いそびれ……倒れた。

当然だと、自分でも判る。
一応仕事を押しつけた身として様子を聞きに来たサタンからも「阿呆か」と言われた。
屈辱的、とまでは言わないが、ひたすら頭に来たので、
回復後何らかの仕返しをしてやろうと思う。

魔導酒をまた一口飲み込んで、俺はため息をついた。
「な〜に悲観的にため息なんかついちゃってるんです。
自業自得でしょうに」
キキーモラの的確なツッコミは、弱っている人間の精神に的確なダメージを与えた。
魔導力の回復には、精神面も重要だというのに、痛いことをする。
キキーモラはまったく気にせず、ベッドの横にバスケットを置く。
「では、この中に食べ物が入っているので、お腹が空いたら食べてください」
そう言って、彼女は席を立った。
おいおい、病人を置いてもう行くのか?

「わたしもそれなりに忙しいので。
それに」
部屋の外へ出て、ドアを閉める前に、一言だけ残していく。
「シェゾさん、騒がしいのはお嫌いでしょう?」
そして、ドアは閉じられた。

俺はドアの方を見つめ、しばらく沈黙した。
感心していたのである。
まさか、ほとんど面識のないキキーモラに、的確な気遣いをされるとは思わなかった。
さすが、サタンの世話をしているだけのことはある。

早速バスケットの中を見てみれば、そこには本も一緒に入っていた。
俺の見たことのない魔導書だ。
恐らくサタンの部屋にあった物だろう。
開いてみれば、間に小さな紙切れが挿んであった。
「人生、日々勉強」
走り書きの字であったが、確かにサタンの筆跡だ。

「確かにな」
小さく呟いた顔に、笑みが浮かんでいるだろう事が、自分でも判る。
俺は小さな紙をまた本に挿み、魔導書を読みふけることにした。



ああ、些細な気遣いに感動していたところだったのに。
「どうしてお前らは、五月蠅く喚くんだ」
俺の嘆きに、五月蠅い三人組(得体の知れない生物込み)が振り返りる。
「なんだよ〜、ボク等は心配して、お見舞いに来たんじゃないか!」
と、言う割には俺のことはそっちのけでトランプ占いをしていたアルルが言う。
隣では無意味に、アルルに懐いているサタンのペット、
カーバンクルがぐーぐー鳴いている。
黄色くてちっこい体を折り曲げていることから、同意しているのだと思われる。

授業終了の鐘が鳴ったしばらく後、奴らは入ってきた。
しばらくは今日の授業の様子を報告してきたのだが、その内飽きたのか、
ただ部屋に居座っているだけになってきた。
せっかくキキーモラが気の利いた心遣いをしたというのに、
奴らは台無しにしてしまったわけだ。

「はぁ……」
「何よ、何ため息なんかついてるの」
誰にも聞こえないようにしたはずなのに、さすが地獄耳。
アルルより遠い所にいたルルーには聞こえてしまったらしい。

ルルーは席を立って、俺のベッドの脇に腰掛けた。
ルルーの足下辺りに置かれているバスケットに手を伸ばし、果物ナイフを手に取った。
彼女の手元で、ナイフが光る。
なまじ容姿が良いせいで、俺はギクリとした。
刺されるかも知れない、そんな危険な雰囲気があった。

「リンゴ」
口を開いたルルーの言葉は、唐突だった。
「剥くわよ」
成る程、そういうことか。
見るとルルーの左手には、真っ赤なリンゴが握られていた。
別に腹が減っているわけでもないし、そう言ったわけでもないが、
一応ルルーなりの心遣いなのだろう。

不器用な方法だけれど。

まったく不器用さ、俺もお前も、他の奴らも。
容量を得ない、簡単でもっとスマートなやり方はたくさんあるってのに、
やっぱり不器用になる。
そしてすれ違う、悲しむ、怒る、また面倒臭いことが起こる。
どうして賢く動けないんだか。

「あ、ルルー、リンゴ剥いてる〜!」
「ぐっぐぐ〜!」
「こら、あんた達のためにやってるんじゃないんだから、つまみ食いはしないの!」
アルルとカーバンクルがやってきて、俺の周りはさらに五月蠅くなった。
病人(?)相手に、気を遣う気があるのかお前は。
いや、きっと。
これがアルルなりの心遣いなのだろう。
カーバンクルはただアルルにくっついているだけのような気がするが……。
見舞いに来るだけ、気持ちがあるということにしておこう。
五月蠅い騒音達の中で、俺の顔は無意識の内に笑っていた。

不器用だけど、それが自分のやり方。
器用なやり方よりも、よっぽど良いときだってたまにはある。
それに、器用なだけだったら、きっとそれはつまらない。

不器用な方法だと判っていても、きっと無理に変えていくことはないだろう。
それが、自分としての、やり方だ。



だから私は、あなたを好きでいられる。




Fin

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あとがき:

Pacoさんからの2000hit切り番リクエストです!
リクエスト内容は、「魔導物語の小説」でした。
シェルルを目指して頑張ったのですが、無理でした。
自分がいかに恋愛物の小説を書けないのかを痛感した次第です。
頑張りに頑張った結果、SSとしては異常に長いむしろ短編と示したくなるような
長さになってしまいました……もうまとめるどころの問題ではありません。
オマケに宣言した期限を思い切りすぎています。
すみませんでした!
遅くなりましたが、どうぞ受け取ってください。
リクエスト、どうもありがとうございました!





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この壁紙は「空中庭園」の素材を使わせていただいています。