不器用な方法
一話:「届かない思い」




私は始終、目の前にある顔を睨んでいた。
「ルルーさん……目が怖いで〜す」
「当たり前よ、睨んでるんだもの」
恐る恐る紡がれた言葉を、キッパリ断ち切る。
アルルが手に持つトランプカードを一枚引いて、机の上に投げ捨てた。
「上がり」

ここは私の部屋。
魔導学校の学生寮棟にある一室である。
アルルは毎日、夕食までの空き時間に決まって私の部屋に押し掛けては、
遊び倒してから一緒に食堂に行く。
今日はアルルが持参したトランプカードで、ババ抜きをしていたところだ。
もちろん、勝利の女神である私がほぼ全勝している。
「うえ〜ん、ルルー強いよ〜」
呻いたアルルが、机に上に散らばったカードの中に顔を埋める。
この動作が、一体どれだけ続いたことか。
第一、ババ抜きしか判らないからって、ずっとそればかりやらないで欲しいわ。
つき合う方の身にもなってちょうだい。

「さ、いい加減気が済んだら帰りなさい」
言うと、アルルはムスッとした顔で私を見上げた。
「何かさ、ルルーさっきから機嫌が悪くない?」
「そうよ」
見れば分かる事実に、私は素っ気なく答えた。

「何で?」
案の定、聞き返してくる。
……あ〜、もう。
この子は、「そっとしておく」という選択肢を知らないのかしら。

「レポート、せっかく書いたのに渡し損ねたのよ」
言って、持ち歩いていた紙の束を机に上に乗せる。
結局持ち歩いているかいなく、このレポートを宿題に出した本人のシェゾとはまだ会っていない。

最近シェゾをすぐに見失うようになった。
以前は誰も寄せ付けない闇の魔導師は、すごく見つけやすかったのに。
すぐに流されるようにふらふらと、どこかへ行ってしまうけれど、
それでも孤独は見つけやすかった。
今は、違う。
周りに溶け込んでいる。
まるでぬるま湯につかりすぎた感じ、すっかり不抜けたシェゾは、見ていて滑稽だわ。
もちろん、その方がやりやすいし、周りもそう言っている。

そうよ、別に、私は構わない。
あなたが何処へ行こうが、関係ない、ただ。

私だけ止まっている気がして、嫌なの。

「ルルー」
声の方へ視線をやれば、いつもせわしなく動いているアルルが笑っていた。
「じゃ、ボクがシェゾに渡しておくよ!」

夢に向かって、魔導師になりたくて、いつも前に進んでいるアルル。
休んでいても、それはアルルにとっては前進。
止まることはない、いつも追いかけている。
そして、それを追ってくれる人がいて、孤独なんか無いわ。

ああ、私は停滞してばかり。
追っても、けして追いつくことはない。
見向かれもしない。
どれだけ前に進もうとも、何も近付いては来ない。
私は全てを捨ててまで追っていくのに、距離はどんどん大きくなっていく。
いつの間にか、独りぼっちになってしまうんでしょう?

私は散らばったカードをまとめていく。
「良いわよ、自分で持っていくわ。
どうせアルル、まだレポート書いてないんでしょう?」
「酷いな、レポートは……確かに出来てないけど……カンニングはしないもん!」
頬を膨らませて、子供みたいにアルルは怒る。

膨大な魔導力を有していて、孤独とは無縁で、いつも笑っている。
妹みたいに可愛いアルル、私のそばにいる人間の一人だから、嫌いじゃないわ、むしろ好きよ。
だけどね。

私には、愛している人がいるのよ。

アルルばかりを見ている、世界で一番強くてすてきな人。
サタン様。
誰よりも好き、何よりも好き。
だけどサタン様は、アルルを追いかけてばかり。
アルルのことは好きだけど、嫉妬の渦が押し寄せるの。

ごめんなさい、妹みたいなアルル。
私はあなたが嫌いになりそう。

「ごめ……な……」
「ルルー?」

それが私の、限界でした。

「ルルー?!」

私の頬を涙が伝い、あふれ出てくる。
焦点が上手く合わなくて、狂った眼差しをアルルに向けた。

「ごめんなさい」

追いかけるばかりでは辛いんです。
あなたが、振り向いてくれないという現実から、逃げ続けるのが辛いんです。
誰も、私と一緒に歩いてくれる人がいないのは。
寂しいのです。

誰も、何もいらないと、全てを捨てて走り去ったのは自分。
何もいらない、何もいらない。
サタン様、あなたを愛する気持ちだけ、ルルーはいつも抱えています。
なのにあなたは私の遠くにいて。

私は独りぼっちになってしまいました。



俺は、校長室へ行くために歩いていた。
呼び出されたからだ。
理由は簡単に想像できる、俺のクラスの窓が割れたのは今日だ。
窓ガラスはなるべく早く直す必要がある。

校長室に行くというものは、学生時代の思い出からか、あまりいい気がしない。
昔、既に知っている知識ばかりを習わなければいけない授業にうんざりして、
逃げ出したことがあった。
その後三日ばかり帰らなかったら、後で校長室に呼ばれ、こっぴどく怒られたのだ。
十四歳の頃、闇の魔導師としての運命を継承してからは、もう幾度と無く呼び出された。
その頃から校長が変わっていないのも嫌な理由だ。
だから今、俺の足取りは重い。

夕食の時間が近いせいか、小腹も減ってきた。
ここのところはカレーばかり食べていたから、たまには他の物でも喰おうかと思う。
……カレーが一番安いんだ、生徒と違って自費で買ってる教師は辛い。

後一つ角を曲がれば校長室に続く階段に出る所で、人影が目の前を横切った。
青い髪、見間違えることはない。
ルルーだ。
声を掛けようかと口を開くが、嫌な物を見た。
涙だ。

女の涙も、妙に好かない。
闇の魔導師になって、幼馴染みの少女に散々泣かれたせいか。
子を殺したときの母親の叫びが、五月蠅かったのを覚えているせいか。

結局俺は、声を掛けることなく終わった。

しばらくその場に、佇んでいた。
ルルーの向かった方向は、教室のある棟だから、自分のクラスにでも向かったのだろうか。
無意味なことを考えつつ、俺はボンヤリと、ルルーの消えた廊下を眺めていた。






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