不器用な方法
プロローグ:「見失った人」




私は必死に後を追う。
後ろ姿を見失わないように、全速力で駆けていく。
教室からどっと溢れ出る、人混みが邪魔だわ。
誰も私の行く道をふさがないで、私は置いてけぼりにされてしまう。

足がもつれて、バランスを崩す。
人混みが支えになって転びはしなかった。
その代わり、見てしまった。
あいつを、見失ってしまった瞬間。
曲がり角の奥に、後ろ姿が消えていく。
私は叫んだ。

「シェゾ!」

伝わることのないまま、人混みだけが流れる。
私は口をへの字に曲げて、手の中にある紙の束を筒状に丸めた。
「あいつ〜、生徒がレポートを渡す間くらい教室にいなさい!」
そして、担任の新任教師に悪態を一つ。
そうでなければやっていけない。

広がる孤独感は拭えないまま、いつも孤独な男さえ人ゴミに消えていく。
私は置いてけぼり。

魔導力のない私にでも、どうか誰か振り向いて。
虚しく、冷たい風だけ、私の心に吹き抜けた。


俺が魔導学校の教師になってから、早数ヶ月が経つ。
魔導学校といえば、魔法を教える学校の中でもトップクラスの学校だ。
世界を恐怖に叩き落とす役を担う闇の魔導師を自称する、俺、シェゾ・ウィグィィも、
同校出身だったりする。
つまり良かれ悪かれ、トップクラスの魔導師を生み出してきたわけだ。

俺は闇に取り憑かれた。
名前の意味は闇。
背負う運命は闇。
共にあるのは闇。
相棒である意志を持った剣でさえも、闇の剣、闇だ。

なのに俺が人間と、しかもガキと接することを強要されるこの職に就いたのは、
ひとえにある小娘のせいである。
純粋な魔導力を持つ小娘、アルル。
その魔導力欲しさに近付いてみれば、とんだ奴だった。
アルルを繋ぐ枷はない。
魔物とか人間とかお構いなしに、「友達」にしてしまう。
どんなに辛くても、自分のルールは消して破らない。
全力で突っ走る、おとぼけ娘だ。

多分俺は、アルルに枷を外された。
闇が薄らいで、光が差し込んでくるようだった。
気が付けば、勉強を教えろだとか言われて、引き受けてしまった。
いつの間にか、アルルが在学する魔導学校の教師にまでなってしまった。
外された枷は、俺を判らない所まで連れて行く。
俺はぬるま湯につかりながら、流されているような気分だった。

丁度今、人混みの流れが俺を運んでいくように。
「シェゾ!」

人混みの中から、声が聞こえた。
知った声だ。
微かに首を動かし、視線の端に姿を捉える。
正確には、彼女の象徴だけが見えた。
青い髪。
「ルルー?」
しかし彼女の姿は、すぐに見えなくなった。

戻ろうとした。
人混みが邪魔だった。
だけど圧倒的な流れに逆らうことは出来ない。
教室のでかい窓ガラスが、一枚丸ごと割れる事故があったため、
人は一気に教室から流れ出てくる。
流されてばかりいる弱った俺には、食いしばるだけの力がなかった。

見失う。
俺の中に、その文字がでかでかと浮かび上がっていた。






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この壁紙は「空中庭園」の素材を使わせていただいています。