「タイトル未定」



「そういえば、どうして夜に一人で外に出たんだ?」
 十二時を過ぎれば人通りも少なくなる。ひっそりとした夜の街を歩きながら、悠大は尋ねた。交番を出てから、もう大分歩いた頃だった。
 いくつかの店は店終いをしたようで、点々とした明かりが歩道を照らす。住宅地に近くなると、明かりの点いた家はどんどん少なくなる。グラデーションを描くように、辺りは段々と暗くなっていた。
 店の前を通ると薄い影が二つ分できる。時折、ほろ酔い気分の若者やサラリーマンとすれ違った。この時間になると女性はあまりで歩いておらず、いるのは呼び込みの女性くらいだった。
 道を歩く人が少ないので、全員に客引きの声がかかった。悠大は長身で顔が整っているので、女性は特に近付いてきた。悠大はまんざらでもないように微笑むが、それらを丁寧に断った。
 虎琉は何を言われてもあいまいにうなずくことしかできなかった。終いには悠大の後ろに追いやられて、「何も言うな」と注意された。
 そしてしばらく会話を続けて、最後に勇也のことを聞く。いつもなら素っ気なく断るところを、面倒でも丁寧な言い回しにするのは、このためである。しかし誰もが首を横に振る。そして割引券を押しつけるようにして渡して去っていくのだった。
 それを何人か繰り返して、結局収穫はなかったのだ。いつの間にか店も疎らな住宅地付近まで歩いてきてしまった。もともとインドア派の悠大は、いい加減うんざりしていた。
 口調の中にある苛立ちに気付いて過気付かないでか、虎琉が小さく息を吐く。
「まだ帰ってこないんだよね、うちの弟が」
「お前弟いたんだ」
 悠大は心底驚いたように言う。虎琉と特別交流があるわけではないが、周りの知り合いから自然の虎琉の情報は集まってくる。特に生徒会の中で虎琉と知人である者が結構いるため、少なくとも家族構成くらいは把握しているつもりだった。それでも、弟の話は初耳だった。
「歳は離れてないんだけどね」
 付け足すように言う。虎琉がどの程度の基準で言っているかどうかは判らないが、十三、四歳だろうかと悠大は見当を付ける。虎琉は冬生まれなので、誕生日はまだ来ておらず、今十五歳だ。
「まぁ、年頃ともなると、夜も遅くなるよな」
 言ってから、悠大は自分の基準で物を言ってしまったことを後悔した。少なくとも自分は中学時代バリバリに遊んでいたが、生真面目な虎琉の弟だ、もっと真面目なのかも知れない。しかし、虎琉はうなずいた。
「そうなんだよ」
 虎琉は今度は淋しげに息を吐いた。悠大はそっと胸を撫で下ろす。もっとも、虎琉の場合よく考えずにうなずいただけとも言えるが。悠大の杞憂に過ぎなかっただろう。
 そういえば二ヶ月ほど前、悠大は虎琉の親が再婚したという話を聞いた。虎琉の周りの友人が妙に騒いでいたので、悠大にも印象に残っていた。弟というのは、その時できたのだろうか。あまり弟の話を聞いたことがなかったので、そうかも知れないと悠大は思った。
 ならばあまり話を進めるのも悪いかと思って、悠大は相づちを打つにとどめた。慣れない新しい弟ともなると、心境は複雑だろうと思ったからだ。悠大だって、初めて施設に来たときは相当戸惑った。個性的すぎる周りの人間に、泣きたくもなった。それに慣れるのに、一年はかかった。
 会話が途切れて、地面を蹴る音が大きく聞こえる。振動が身体を伝わり、悠大は体が妙に重く感じだ。寒さのせいか足が上手く前に出ない。歩くペースは遅くなっている。気を遣った虎琉が悠大に合わせてペースを落としているからだ。運動部とそうでない者の基礎体力の差は歴然としていた(そうでなくとも虎琉は体力馬鹿で有名なのに)。
 歩くことさえ面倒になり、悠大は足を止めてしまいそうだった。代わりに、ぼやく。
「ああ、勇也の奴どこいったんだかねぇ」
 せめて携帯持てよ、と愚痴をこぼす。虎琉が、うちの場合俺の携帯番号は受信拒否されてるけどね、と嘆く。さすがに悠大は苦笑いした。
 日暮園ははっきり言ってお金がない。携帯電話を持っているのは悠大くらいだ(入手経路は極秘だそうだ)。他にも個人的に入手した奴はいるが、やはり金がかかるのでかなり使用は制限している。
 勇也はバイトをしているが、それは独立するために貯金している。施設に三人いる弟妹と共に将来施設を出て暮らす予定なのだという。別に施設で暮らすのが嫌なわけではない。施設に感謝しているからこそ迷惑をかけたくない思いと、勇也の自立心が強いということの現れだ。
 責められる理由ではない。責めても仕方がない。悠大はため息をつく。
 悠大の気を紛らわすように、携帯電話が鳴った。これ幸いとばかりに、悠大はすぐに上着のポケットに入っていた携帯電話を取り出す。背面のディスプレイには、「日暮園」と表示されていた。悠大は微かに眉をひそめ、数秒ためらってから、通話ボタンを押す。
「もしもし」
「悠大かしら?」
 聞き慣れない声が電話の向こうから聞こえる。施設から悠大の携帯にはほとんど連絡がないため、一瞬悠大は誰だか判らなかった。普通日暮園からの連絡は、施設で働いている住み込みの女性がしてくる。たいてい誰かの誕生日だったりすると、どこにいようとお構いなしに強制送還されるものだ。
 その女性からかと思ったが、そうではない。もっと幼い声だ。数秒の間を置いて、悠大は恐る恐る尋ねた。
「沙羅か?」
「そうよ」
 間違えなくて済んで、悠大は安堵する。小さくてぼそぼそした声だったから少し不安だったのだ。電話越しに声を聞くのは初めてで、余計に聞こえにくかった。
「何だよ」
「勇也が見つかったわ」
「本当か?」
 思わぬ情報に、悠大は思わず声が大きくなった。隣で聞いていた虎琉が不思議そうに首を傾げる。
「知らない誰かがこれから送り届けてくれるそうよ」
「何だよ、その知らない誰かって」
 悠大の方も、首を傾げたい気分だった。沙羅の言うことはいつもあいまいで、唐突であり、すぐには判らない。あとあと結果を見れば至極納得できるのだが、その結果に行き着くまでが難しい。
 沙羅は焦らすようにゆっくりと話す。
「知らないから知らないのよ。でも占ってみたら、敵ではなかったわ。何か思惑があるみたいだけど、けしてこちらに害があるものではない。
 そして……間接的な知り合いのようね。私たちの、知り合いの知り合いとか、そういう関係の人間よ」
「じゃあ勇也の知り合いか?」
「そうでもないみたい」
 悠大は自然と汗をかいた手のひらを握った。
「大丈夫なのか?」
 沙羅はしばらく黙っていた。微かに何かがこすれる音がする。恐らく、お得意のカード占いでもやっているのだろう。
「あなたの側に闇がある」
 見えるはずがないのに、悠大はうなずいてしまった。
「闇が退くとき、光が差す」
「ということは?」
 小さくパラパラという音が聞こえた。沙羅がカードをまとめている音だった。占いは終わったようだ。
「大丈夫だと思うわよ」
 悠大は思わず頬をゆるめた。安堵の息を漏らす。
「あなたも早く帰ってきなさい」
「わかった」
「それじゃあ」
 電話が切れて音が消える。デスクトップに戻った画面をしばらく見つめていた。光が闇に漏れる。闇は相変わらず広大だが、何となく辺りが明るくなったような気がした。
「帰るの?」
 悠大が携帯電話をしまったのを見計らって、虎琉が口を開く。
「ああ。勇也が施設の方に向かっているらしい」
「良かった」
 虎琉は自分のことのように喜んだ。とても嬉しそうに破顔する。悠大はようやく安心できたような気がした。素直な笑顔が、今はとても嬉しかった。
 多分、悠大は自分では素直に笑えないのだと思う。笑いたいときは笑う。怒るときは怒る。だけど、それはきっと本気ではない。どこか中途半端で、何かがくすぶっていた。
 あまりにも虎琉が素直に笑うものだから、自分の中のわだかまりも虎琉を介してどこかへ飛んでいくような気がした。
「少しだけ、お前を尊敬するよ」
「え?」
「いやいや。虎琉はどうする?」
 誤魔化すように悠大が尋ねる。考えてみればまだ、虎琉の探し人は見つかっていないのだ。悠大は再び気を引き締める。それでも、勇也の居場所が分かっただけでずいぶん気が楽だった。
 虎琉はあいまいに笑って、呻く。
「俺も、帰るよ。家近いから、一緒に帰ろう」
「そうか」
 先程電話を切ったときの時間を考えれば、これから帰れば一時にはなるだろう。運動部に入っている虎琉は、朝練があったはずだ。早く帰るに越したことはない。
 しかし残念そうだった。本当なら、弟を自分で連れ戻したかったのだろう。それでもどこかで判っているのだった。虎琉は、自分が、必要とされてないのだということを。
「多分これ以上探しても見つからないだろうし……避けられてるのは判ってる」
 嫌悪されていることも知っていた。それでも、知っているからこそ、理解しているからこそ。それに抗わなければならないとも思っていた。
 どこか淋しげな虎琉に掛ける言葉はなかった。幸いなのは、真剣な面持ちの二人に声を掛けてくる野暮な者はいなかったということだ。誰もが異質な雰囲気の二人に好奇の目を向けたが、遠巻きに見ているだけだった。
 弱い風が建物の隙間を吹き抜けて甲高い音を立てる。局部的に吹き抜ける風は思いの外強くて冷たかった。店の前に刺さる旗がはためく。暗くなった今では、遠くの光を反射して旗がほのかに闇に浮かび上がるだけだった。
 悠大はそのまま何も言わずに、もと来た道を戻る。虎琉も、黙ってその後をついていった。

 辺りは闇だった。民家は寝静まり、住宅地は眠りに落ちていた。時々猫が道を横切ったりもするが、大半の生き物は眠りに就いている。動く物も何もなく、街灯もポツリポツリとしかない。
 街灯の下を、人影が横切った。二人だ。背格好からして、少年だろう。少年の一人は闇の中をきょろきょろ見回しながら、もう一人の少年の後ろにピッタリとついて歩いていた。
「ようこないな暗いとこ歩けるな」
 周りに異常がないのを確認すると、勇也が口を開く。ここまで明かりのない街を見るのは、初めてだった。勇也が外にいる時間帯はまだ住宅地にも明かりが点いていて、道がはっきり見えるものだ。いかに電力の消費量が大きいのか実感できる。一面に敷き詰められた闇に、小さな蛍光灯から光をまいて、光の絨毯に仕立て上げるのだから。
 零治はかじかむ手をジーンズのポケットに突っ込んで、背中を丸めて歩いている。後ろを向くのすらおっくうだとでも言うように、零治は前を見たまま応える。
「夜目が利くのが自慢なんだ」
 やっぱり猫みたいだ、と勇也は思った。
 一つ先の街灯の下に、施設があった。ふるぼけた外装が闇に浮かぶ。他の家より大きくて不格好な分、闇の中では何だか淋しげに見えた。さすがにもう全員寝たのか、真っ暗で部屋には灯り一つ点いていない。
 しかし、街灯の下には人が立っていた。零治の方がそれに気付き、肘で勇也をつつく。
「誰か外で待ってるぞ」
「え!」
 勇也は驚いて目を凝らした。近付いてみると、確かに人が見えた。見知ったシルエットだった。特に背の高い、緑色の髪の男は、疑いようもなく、喧嘩した相手、緑山悠大だった。
 勇也は一瞬怯んだ。逃げようかと思った。急に現れても心の準備がまだできていない。零治は相変わらず歩調などゆるめてくれない。数秒間の中で勇也は腹をくくって、小走りに零治の後に付いていく。
 三人の中の一人が手を挙げた。勇也も片手を上げて返す。近付いてみると、それもやはり勇也の見知った人物であることが知れる。
「沙羅に虎琉やんか!」
 予想していなかった顔ぶれに、勇也は驚きの声を上げる。本当に不思議な組み合わせだと思った。虎琉も沙羅も悠大も、全員同じ学校ではあるが、お互い別段仲が良いわけでもない。たぶん、これが最初で最後の顔合わせだろう。それくらい不思議な顔ぶれなのだ。
 呼ばれた二人が顔を上げる。沙羅の肩まで伸びる黒髪が揺れる。沙羅にはあまり勇也の姿は見えていないのだろう。彼女の目は空を泳いでいる。おそらく勇也の姿を探してはいるのだろう。しかし著しく低下した沙羅の視力では、闇の中の勇也を見つけることは出来ない。最初は在らぬ方向を見つめていた。虎琉に示されて、やっと勇也の方に視線を向けた。光の下にあるもの以外はほとんどの物が見えず、まだ視線の先に勇也がいるのが見えていなかった。
 零治が施設の前で立ち止まった。虎琉が視線をそらす。零治は横へどいて、勇也を前に行かせる。悠大と向き合う形になったが、お互い掛けられる言葉はなく、気まずい沈黙が流れる。
 悠大は、気付いていた。ここで口を開くほど野暮な奴はいない。第一声を放つのは、勇也か悠大しかいないだろう。
 悠大は後頭部を掻いて軽く地面を蹴る。言う言葉を考えていなかったわけではないが、上手く言葉が出なかった。先に口を開いたのは勇也だった。
「ただいま……」
「……おかえり」
 今更間抜けな言葉のように思えた。他の三人は息を飲んで見守っている。零治が上に着たジャケットの襟を直した。
「悪かったな」
 思いついた言葉が出なくて、悠大はそれだけ言った。素直に言葉が出てこない。何を言おうとしていたか、自分の脳内を探った。思うようにいかなくてもどかしい。いつもなら相手を操るかのような話術が口を出るのに、その能力は、こういうときに限って鈍ってしまう。
 いや、都合のいい言葉は要らない。ここは本音を言うしかない。悠大は浅くため息をつく。
「つい口が滑った。結構図星でむかついて……悪い」
「俺かてスマン。自分よがりが過ぎた」
 勇也は拳を握った。何て言ったら良いんだ。全然判らなくて、焦っていた。
「お前の言うこと、少しは判ったような気がすんねん。俺が言うとることは俺が思うほど正しいことでもないし、お前は俺が思うほど間違ってもない。俺ばっかり騒いで悪かった」
 たどたどしく言葉を繋いで、それでも違う気がした。どうしてもすっきりしない。もっと言いたいことはあるような気がするのに、それは上手く言葉にできなかった。形にすると、とたんに別のものになってしまうような気がした。
 何か言おうとして口を開くたび、白い息が漏れる。鼻腔が冷えて、勇也は鼻をすすった。
 沙羅は冷えた指先で髪をかきあげる。
「まぁ、積もる話もあるでしょうけど、寒いからそろそろ中に入らせてくれないかしら?」
 沙羅の一言で場の雰囲気が一気に崩れた。
「おいおい、この状況でそれを言うなよ」
 悠大が呆れた声を出す。しかし顔は笑っていた。ブレザーを脱いで、沙羅に着せてやる。沙羅も上着を着ていたが、薄手でどうにも寒そうだった。沙羅はぬくもったブレザーに肩を包み、小声で礼を言う。
 そもそも考えてみれば、間抜けな情景である。よく判らない取り合わせの人間が見守る中で、どうして二人は謝っているのか。零治は初対面だし、虎琉は事情さえ知らない。わざわざ寒い中外にいるのも間抜けだった。家の目の前なのに。
 自覚して、悠大は身震いした。さほど体が丈夫なわけでもなく、格好つけて上着は貸したがやはり寒い。その寒さも、何だかおかしいものに思えた。
「じゃあ俺も、ついでに聞くけどさ」
 腕を組んで寒さを誤魔化しつつ、零治に目をやる。
「そこの男は何者なわけ?」
「ああ」
 勇也が気付いて、うなずく。紹介し忘れていたことも忘れていた。知り合い気分を引きずっていたからだ。
「こいつは、零治。さっき会った」
「はいはい、いきさつがまるで判らないからね、勇也君」
「たちの悪い飲み屋に引きずられていったから声を掛けたんだよ」
「さいですか……って、飲み屋について詳しいのもどうかと思うけど」
 人のことも言えなくて、悠大は苦笑する。
 悠大は闇になれてきた目で、少し離れた所にいる零治を見た。見れば見るほど虎琉とそっくりだ。瓜二つである。悠大が思わず隣に虎琉がいるのを確認してしまったほどだ。服装も、雰囲気も、何もかも違うが、それ以外は全て同じだった。
「虎琉、お前にはドッペルゲンガーがいたのか?」
 悠大が尋ねると、虎琉は首を横に振る。
「いや、俺の弟」
「……お前双子だったの?」
 虎琉は黙ってうなずく。
「しかも一卵性双生児という奴だな」
 零治が付け足した。そこでやっと何かに気付いた勇也が目を見開く。
「え、兄弟だったん!」
 勇也が心底驚いたように叫ぶ。
「気づけ。」
 間髪入れずに全員から突っ込まれた。ちょっといじけて勇也は地面にのの字を書き始める。
「双子と言っても、両親の離婚で最近までは顔も会わせなかった。今では同じ家で住んでいるが、学校も別だ」
 肩をすくめて、どうでも良いことのように言った。冷たい、淡々とした口振りだった。虎琉が少し落ち込む。悠大は苦笑いした。零治のジャケットの胸ぐらを掴んで、小声で話しかける。
「何でそんなに嫌うかね。さっきからあんた、虎琉に目も合わせようとしないだろ?」
 零治は口角をつり上げる。虎琉と同じ顔で全く違う笑い方をするから、悠大には不思議な笑みに見えた。
「あえて理由を言うなれば、いきなり同じ顔の兄弟ができても不気味なだけなのさ」
 どうにもうさんくさい理由だった。今用意したかのような、零治の言う通り、「あえて用意した」理由。
 本当の理由がどこにあるのか判らない。悠大には知る権限もないように思えて、それ以上追求はしなかった。虎琉の家庭にもいろいろあるのだろう。それに関わるのは、虎琉の幼馴染みとか、そういう者の役目だ。学年さえも違う悠大が関わる話ではない。あるいは、同じ施設内の、虎琉の友人なら事情を知っているかも知れないが、そこまでして知ろうとする気にもなれなかった。
 零治はジャケットを直して、虎琉の方を見る。目が合って、虎琉はきょとんと零治を見た。
「帰るぞ」
 一言だけ、キッパリと言った。虎琉は微かに苦笑した。
 零治を見る。零治は相変わらずの無表情だった。それでも虎琉には伝わるものがあったらしく、嬉しそうに笑う。
「うん」
 短く応えて、零治の隣に並んだ。
 振り返って、虎琉は手を振る。
「それじゃあ、また明日」
 三人は手を振り返した。零治はその様子を少し振り返っただけで、虎琉と共に歩き始めた。距離がどんどん遠くなる。二人の姿は、あっと言う間に闇の中に飲まれた。
 完全に見えなくなって、勇也が大きな欠伸をする。
「間抜けな大口」
「何やと!」
「いちいち勇也も本気にしないの」
 沙羅が施設のドアを開けて、振り返る。
「私たちも、帰るわよ。そろそろ寝ないと寝坊するわよ。特に悠大はだらしがないんだから」
「……すみません」
 年下の沙羅に言われて、悠大は立つ瀬がないな、と思った。勇也が不服そうな顔でそれを見ている。
「何で、俺には素直に謝らないんねん」
 口をへの字に曲げる勇也は、妙に幼く見えた。悠大はけらけらと笑って、冗談めかし言う。
「俺は男に下げる頭は持ってないんだよーん」
「何でやねん!」
 夜の街に、小さく明かりが灯る。その明かりはささやかですぐに消えてしまいそうだったけれど、確かに闇の中で明るく揺らめいていた。
 明かりは煌めきながらドアの中へと消える。外には再び闇が訪れ、心なしか冷たい風が吹いた。電気スタンドの明かりが灯った日暮層には、ほんの少し、暖かい時間が流れた。

 そして、一つの物語はここで終わる。少年たちの物語に、タイトルはまだ無い。これから決めていくことだろう。青くて幼い物語はあまりにも流動的で、可能性を秘めていて、付けるタイトルはないように思われる。
 もしこの物語にタイトルが付くならば、それは大分後、彼らが大人になってからの話だろう。
 それまでこの物語は、「タイトル未定」。


FIN.







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