ソラノテガミ

An Apple.

青いリンゴがありました。
まだ食べられない、小さな、ピンボールほどのリンゴです。
育てばさぞかし綺麗な赤色になるでしょうに、病気にかかったみたいに青くて白いです。

リンゴは大きくなる前に、摘まれてしまいました。
まだリンゴは死にません。
それが、命の力。
摘まれたばかりのリンゴはみずみずしく、やわらかな香りを放ちます。

紡がれた後、じわじわと。
水分を失っていき、しおれて、死んでいくのです。

もうすぐリンゴは死ぬのです。

綺麗な緑色を、だんだんと茶色に変え、整ったまあるい形は、潰れていきます。
可愛らしい姿は、何処にもなく。

若いリンゴは、死んでしまいました。



私はベンチに座っていた。
白い、まだ真新しそうな、綺麗なベンチだ。
私は新品同様の制服に身を包んでいる。
綺麗なベンチに綺麗な制服、15年間生きてきた私だけが、
十五年分古くさくその場に置かれていた。

私の目の前には、綺麗な桜が咲いていた。
ここだけじゃない、直線的にずらりと、道に沿って桜の木は植えられている。
両脇に桜並木を抱えた通りは、桜が舞い散り、まさに桜の絨毯が敷かれている。

幻想的で綺麗だね。
他人事のように、私は心の中で呟いた。

私と同じように真新しい服を着た学生達が、バカみたいに上を向いて歩いていた。
あまりの美しさに見とれ、目を輝かせている。
君が見ているのは、幻想的な桜?
それとも、新しい希望に溢れる学園生活?
どちらにしても、愚かだね。
君は騙されているんだよ。
目の前にちらつく、インチキなベールを見ているだけ。

まぁ、彼らが希望を抱くのも無理はない。
綺麗なベンチに、桜の並木道。
驚くことなかれ、コレは全て、高校の敷地内なのである。

月臣学園。
昔、とある大金持ちが死ぬ際の遺言で、
子どもたちのためにと物凄いシステムを搭載した学校が設立された。
広い校内、最新のパソコンやソフトを導入した大学顔負けの最先端を行く技術。
加えて、敷地内には学生寮や、何とカフェテリアまであるというのだ。
それでいて学費は公立高校並みという、夢のような新天地である。

本当、バカみたいに。

私、竹内理緒もこの学校に晴れて入学したワケなのだが、
全く夢心地に浸る気にはなれない。
それどころか、冷めた目で、嫌、むしろ自暴自棄に、現実を見つめるばかりだ。

なぜなら、この学校にはごく一部の人間しか知らないある事実がある。
それは、私も大いに関係していること。

――ブレード・チルドレン、と呼ばれる子どもたちを、知っているだろうか。
知らなくて良い、この名称を知ってしまった人は、
それだけで必ず不幸になると明言できる。
ブレード・チルドレンとは、呪われた子どもたちなのだから。

よって、ブレード・チルドレンの詳細は伏せておくことにする。
私も確かにブレード・チルドレンではあるけど、
わざわざ他人に不幸をまくようなまねはしないよ。
私たちに関わらない方が身のため・・・何だよ。

そういう意味では、月臣学園とは最悪の場所だ。
そのブレード・チルドレンが、あり得ないほどいる。
なぜならここは。

ブレード・チルドレンをかき集めた、監獄。
罪人達のたまり場なのだ。

私は知っている。
ブレード・チルドレンとは、危険な存在で、存在すること自体が、間違っていることを。
だから私は哀れに思う。
私と同じ学校に通ってしまう、普通の人達を。

知らずにうっかり近づいて、殺されたって知らないよ。

そんな状況で、入学早々だからと浮かれることができるワケがなかった。
これから、どんな最悪の事態が起こるかなんて、解ったもんじゃない。

こうして静かな日常も、私にとっては凍てつく刃。

「竹内さん」

言ってる傍から、哀れな子羊が飛び込んできた。
私は呆れたため息を付きたい気持ちでいっぱいだったが、
そんなことをしている場合ではない。

私の役目は、声の主の安全を早急に確保すること。
なるべく疑われないように、速やかに突き放すんだ。

「何?」
高くもなく、低くもない(しかしどちらかというと高めの)声で、私は声の方、
後ろを振り返る。
声をかけてきたのは、同じ学年だろう、真新しい服を着た男の子。
私は瞬時に頭の中のデータをめくる。
学校の生徒は全員、把握済みだ。

確か、彼は、同じクラスの……。
「辻井君」
私が名を言い当てると、彼は驚いた顔をする。
自分だって私の名前を呼んだくせに、不思議な反応。
「スゴイや、僕のこと覚えてたんだね。
結構印象薄いとか言われるんだけど」
そう言って、ニッコリと笑う。

あ、爽やかな笑みだ。

妙な感想がすんなり出てくる。
確かに顔が飛び抜けて良いとか、身体的な特徴はあまりない。
ただ、不思議な雰囲気の人だった。
それしか言いようがない。

表現しきれない感情を飲み込んで、言葉を吐いた。
「何か用かな?」
簡潔に聴きながらも、身体を相手の方へ向けて、けして冷たい印象を持たせない。
辻井君は、照れたように笑って、私と同じくらい短い言葉で言う。

「いや、何か迷子に見えたから」

私はそのとき、風邪の吹く音を聞いた。
桜は相変わらずひらひらと落ちているし、私の長めの髪もなびいてはいない。
だけど確かに、どこかに風邪は吹いた。

迷子?
そうなのかも知れない。
幼稚な言葉に腹を立てることもなく、私は静かに肯定していた。
今の私に目的地はないので、けして迷っているわけではない。
でも、迷子かと言われると、そうなのかも知れない。

私が黙っていると、辻井君は慌てて口を開く。
「ゴメンネ、失礼なことを訊いたよ!
いや、あの、その、そんな感じがした、だけなんだ」
手をぱたぱたと振り、顔を真っ赤にしている様は、何だろう、滑稽だとは思わなかった。
最初、笑顔を見たときのように、不思議な感情が舞う。
率直で、安直な。

ああ、高校生だなぁ。

私も高校生なんだけど。
何か変で、吹き出した。

「そうかもね」
確かに私は
迷子なのかも知れない。

目的もなく、惰性で進んでいく人間。
何処に進んでいるのかも見えない私は、そう、確かに迷っているのかも知れない。

「ありがとう」
自然に口を出た言葉に、辻井君は首を傾げた。
それでも何か伝わるところがあったのだろう、「どういたしまして」と言う。

しばらく、会話もなくて。
言うこともなくて、言うべき事もなくて。
彼が私に声をかけた理由は、なくなって。
私が望んだ通り、もうすぐ彼は私の前から消えていく。

同じクラスなんだから、別に明日もまた彼に会うのだろう。
何故だろう、私はもう一度会えることに、安堵する。
突き放したかったはずなのに、呪われた子どもたちの傍には、不幸しかないのに。

望んでは、いけませんか?

まだ、行かないで。

先に背を向けたのは、辻井君だった。
「じゃあね」
そんな風に言って、桜並木の向こうに消えた。
あっさりと。
短い時間は、別れを告げた。

動でも良いくらいの短い時間。
ただ、通りすがりの人に声をかけただけ、そんな些細なできごと。
そんな一瞬を手放せないのは、何故だろう。

何故でしょう。

私はベンチにごろりと横になる。
ピンクの桜と、赤い空。
夕刻は、家へ帰れと私に告げる。

私は、こんな場所に来て良い存在じゃないんだよ。
私の居場所は、無いんだよ。

「何処、行こーかな」
ポツリと呟いて、私は目を閉じる。

ただ一つ、思うこと。

私はきっと、またこの場所に来るのでしょう。

私の目の内側に、舞い落ちる桜のように、あの人の笑顔が浮かんでは消えた。



摘み取られた、青いリンゴ。
カッターナイフで切り刻んだ、幼い日の思い出。
茶色くなって、やがては腐っていく。

食べることも、子孫を残すこともできない、青いリンゴ。
私に、未来はないのは知っています。
それでも無駄なことを願うのは、無駄ではないと思っていたい。

願うだけの悲しみ。
叶わない苦しみ。
変わらない絶望。
私の行く末は、きっと決まっているけれど。

願うだけでも、私は生きているという活力になる。
夢を見続けていよう。
けして叶わない夢でも、現実だけを見ていくのは、辛すぎるから。

刈り取られた、青いリンゴ。

いつか。



真っ赤な美味しいリンゴになれることを夢見て。


Fin.   


とにかく小説が書きたくて、書き殴った物。
ネタもなく、題材を後で決めて、ひたすら書きたいままに書きました。
気がつけば、「アレ?」な展開ですね。
何で理緒と辻井なんだよ。
何ででしょうね。
辻井君は結構好きなキャラだからかも知れません。
香介君の次に好きですね。
どうも「美形じゃないけど男っ気があって格好良い」顔の子が好きです。
普段は面食いですが、自分でオリジナルのキャラを作るときは、
結構美形じゃないヤツを気に入ったりします。
辻井君、再登場してくれないでしょうか(無理だろう)。
むむ、香介君と辻井君の夢の協演、いつかやってみたいかも
(はいはい、いつ実行できる事やら)。