君の行く道




ドラコは、しっかりとニンバス2001の柄を握りしめた。
体を箒に引き寄せ、前傾姿勢になる。
突き刺すようにして進むドラコを、空気が阻む。
綺麗なオールバックに整えられたプラチナブロンドの髪は、風に圧されてバサバサと乱れる。
スリザリン寮の緑色をしたクィディッチユニフォームが、荒々しくはためいた。

ドラコは不意に上を向いて、箒を真上に向けた。
重力を無視して、箒はどんどん空へと落ちる。
上空には、動く金色の光があった。
――スニッチだ。

ドラコのスピードが速すぎるために、今やその輝きはゆっくりと動いているように見えた。
ドラコは右手でしっかりと箒にしがみつき、左手を伸ばした。
後少しで、左手がスニッチを掴みそうだったとき、突然空中には何もなくなった。
恐らく直進してくるドラコに対し、スニッチは横へと逃れたのだろう。
果たして、ドラコの右手側にスニッチはあった。

すぐさま追おうとしたが、その瞬間何かがドラコの眼前を横切る。
「危ない!」
一瞬遅れて、声が届く。
ブラッジャーだった。
間一髪ドラコは避けたが、同時にスニッチも見失ったらしい。
ドラコは静止し、瞬きする。

今し方叫んだ、同じく緑のユニフォームを着た少年が、拳を宙に叩きつける。
彼もドラコと同じく空中にいるため、周りには空気しかないのだ。
少年は悔しさに顔を歪めた。
その側を、同じく箒にまたがった少女が通り過ぎ、ようやく少年もまた空へと上昇した。
直後に、少年がブラッジャーを打ち返す。
そして同胞のシーカー、ドラコの方を見たとき、ドラコはそこにいなかった。

ドラコは地面すれすれの所を旋回していた。
進行方向にあるのは、もちろんスニッチ。

少年は拳を握り口を開こうとしたが、言葉はブラッジャーに阻まれた。
今度は打ち返すことが出来ず、身を伏せてやり過ごす。
「おいおい、ボケッとするなよ!」
もう一人のビーターの少年が、ブラッジャーを誰もいない方向に飛ばして一喝する。
身を伏せていた少年は、そのまま顔だけをもう一人のビーターへ向け、叫んだ。
「やった、マルフォイ、行け!」

ビーターの少年が振り返った瞬間、ドラコはスニッチの進行方向から外れた、
やや上空に向かっていた。
スニッチから遠ざかっている。
ビーターの少年が顔をしかめる。

すると、ドラコは急降下した。
そのスピードは、重力に従っているため先程の比ではない。
見る見る間にスニッチは近付き、ついにはその手中に収まった。
「よっし!」
先程悔しがっていた方の少年が、拳を誇らしげに上げる。

だが、スニッチは地面すれすれにいたために、ドラコは地面に衝突寸前。
そのことに気付き、彼はすぐに青くなった。
『危ない!』
二度目の叫びは、複数重なった。
少年の耳に鈍い音が届くのと、ドラコが地に足を着いたのは、同時だった。

「だから、ボケッとするなって言っただろ!」
罵声が少年の耳元で発声する。
振り返ってみれば、そこではもう一人の少年がブラッジャーを打ち返した後だった。
「すみません……」
情けなく言う少年と相反して、地面に無事着陸したドラコの顔は、誇らしげだった。



悦びに顔をほころばせたスリザリン生達が、上空から次々と降りてくる。
皆が皆、ドラコをたたえ、手をたたき合う。

それもそのはず、ドラコの動きは誰よりも早かった。
皆同じニンバス2001にまたがっているのにだ。
しかも、コントロールも非常にいい。
急停止や瞬間的な方向転換、またスピードの変動も、今では自由自在に操る。
スリザリン生達は、もしここにハリー・ポッターがいたならば、泡を吹くだろうと笑った。

そんな彼らを、声が制止する。
「さて、諸君。
俺の腹が空いてきたので、そろそろ練習は終わりにしよう!」
馬鹿でかい、どれだけ上空にいたって聞こえる声が、練習場に響く。
皆既に地上へ戻っているのにこの大声だ、スリザリン生達は思わずそろって顔をしかめた。
それでも渋々従って、叫んだ男――スリザリンのクィディッチのコーチである男の側へと移動する。

生徒より年長の、しかし二十歳は越えない優男が、姿に合わない大声で言う。
「みんな、帰ったら手を洗ってうがいをすること!
夕食を残したら屋敷しもべと俺が泣くぞ!
以上、解散!」

いつもの決まり文句である言葉の後すぐに、解散宣言が出された。
反省も何も無しだ、これだから生徒達は後で反省会を独自で開かねばならなくなる。
生徒は今日も肩を落とし、重たい足取りで控え室に帰っていくのだった。

ドラコも最後尾について、小柄な分早足でみんなに付いていく。
しかしその動きは、コーチによって止められる。
「マルフォイ君、君は残ってくれ」
珍しい事件に、ドラコは迷わず嫌な顔をする。
どうにか、キッパリ断ってしまうことだけは堪えた。
一応コーチの言うことは聞くことにしたらしい、ドラコは立ち止まる。

数人選手が立ち止まるが、コーチが手振りすると疑りながらも頷いて去っていった。



ドラコは、他に誰もいなくなった練習場で、コーチを見上げる。
180cm以上あるコーチと話すには、ドラコはまだ小さかった。
それに気付いてか、コートは屈んでドラコの目線より下に頭を下げた。

「君の練習を見た、上出来だったよ」
まともな言葉を発したコーチに、ドラコは目を丸くする。
訳の分からないことばかり言って「馬鹿」の称号を得ている男が、珍しく普通のことを言ったのだ。
まるでカンガルーが喋ったのを目撃したような目で見てくるドラコに、男は苦笑する。
「俺だってやるときゃやるのさ!」

それから彼の顔は、急に引き締まった。
真面目な顔だ。
ドラコはこれから何を宣言されるのかと、緊張した。

「……今の君では、ポッター君に勝てない。
ポッター君と対峙したとき、君は感情的になりすぎる」

ドラコの頭は、稲妻が落ちたみたいになった。
ドラコはクィディッチが好きだった。
やっと飛行の才能を認めさせて、ハリーに遅れること1年で選手の一員になれたのだ。

残念ながら、さすがに最初の試合では勝てなかった。
ドラコはスニッチを探すことに慣れていなかったのだ。
何より、ハリーが眼前に現れた瞬間、それしか見えなくなっていた。
嫌悪感が渦巻いて、吐き気がして、言葉を吐き出さずにはいられなくなる。
ハリーのことは嫌いだったが、クィディッチの練習の時は忘れられたのに。

それからはドラコは勤勉に練習するようになった。
現在はその成果もあり、シーカーとしてかなり上達した。
自信も(元々自信家であるが)ついた。
ハリーへの嫌悪感が襲ってくることを除けば、ハリーに敵わないだろうと言う宣告は、
痛く胸に突き刺さる。

ハリーを嫌いな理由は、ドラコ自身もよく判らなかった。
ただ、とにかく気にくわない、その感情は確かだ。
「自覚は、あるよね?」
静かに言われて、ドラコは頷く。

冷静に、頷いた後に考えてみる。
ハリーと顔を合わせると、悪口が滑り出る。
周りの人間にも、嫌な言葉を吐きたくなる。
幸せそうな顔をするのが酷く嫌だ。
頭で考えるよりも先に、口が出る。
確かにそれが「冷静」だとはとても言えない。
考えてみれば確かに、今のドラコにハリーへの勝算はないように感じられた。

認めると共に、悔しくなった。
ドラコは目を閉じる。
そうしなければ、涙が溢れてくると思えた。
「そこで君に、提案がある」
涙が一瞬引いた。
大きく目を開いて、コーチを見やる。

コーチはドラコに、一つの試練を宣言する。
「ハリーと友人になりなさい」
ドラコは襲い来るめまいで、倒れてしまうかと思った。

信じられない、そんな道があるなどと思っても見ない。
提案された今でさえ、それはあり得ないことだとドラコは思っていた。
原因不明の感情を、ドラコは「宿命」と名付ける。
これは定められたことなのだ、他に道はないのだ。
ドラコは、首を横に振った。

コーチはお得意の笑顔を浮かべて、ドラコのぐしゃぐしゃになった髪をそっと梳かす。
「深く考えなくて良い、ただ、道は一つじゃない。
マルフォイ君はポッター君を嫌悪することを、義務づけているようにも見える」
図星だった。
ドラコはついに涙を流した。
何故だか、急に溢れてきた。
なるべく声だけは出さないように、歯を食いしばる。
泣かないように、目を閉じる。

コーチは戸惑った顔をしてしばらくドラコを見つめていたが、また口を開いた。
「嫌っている原因は、必ずあるはずだよ。
それを探してみるのも良いじゃないか。
理由もなく人を嫌うほど、君は不幸じゃないはずだ……」

側に、誰かがいることの幸せ。
生きていることの幸せ。
幸せが判る幸せ。
ドラコは、一つ一つを頭に思い浮かべた。
不幸だとは思っていない。
幸福だと感じるときもちゃんとある。
ハリーを嫌いだということが不幸だとは、思ったこともない。
ドラコは訳が分からず、ただ涙だけ流した。

コーチはいよいよ暗い顔になった。
伝わらないことをもどかしく思い、伝えられないことに無力感を覚える。
「自分で探してみなさい」
言えることは、結局それだけだと諦める。
「何、見つけられなくても、人生に支障はないさ。
言っただろ?」
コーチはドラコの背中をぽんぽんと叩く。
子供の背中は、切ないほどに小さかった。
折れてしまいそうな、潰れてしまいそうな肩に、コーチは手を置く。

「道は、一つじゃない」

ドラコは、目を開けた。
涙で濡れた視界が、コーチの顔を歪ませる。
いや、涙のせいだけでなく、本当ににらめっこをするときのような変な顔をしていた。
この男は、自分が目をつむっている間、意味もなく変な顔をしながら真面目なことを喋っていたのか。
考えてみると、ドラコはおかしく思った。
「あはははははははは!
バ〜カ、バ〜カ!」
「当たり前のことを本人の前でキッパリ適切に言ってはいけない」
力説するコーチの声にも、まるで怒気は含まれていなかった。



マルフォイ家の子供。
純血の血筋。
高貴な威厳を持つ父親。
あらゆる物が、ドラコを一つの物に縛り付けていたのかも知れない。
道を選ばせなかったのかも知れない。
いや、選ぶ道があることを、判らなかったのかも知れない。

最初、赤子はまっさらな状態で生まれてくる。
暗い金庫の中に閉じこめておけば、まっさらなまま生き続ける。
教えてやらなければ、赤子は知るよしもないのだ。

知らなければ、教えてやろう。
コーチ、ラウンド=リーノクロウスは、それが先人の負う責任だと思った。

さて、ドラコは可能性を知った。
これからどうなるかは、これから綴られて行くであろう、物語次第。
果たして、彼はハリーと友人になれるかどうか?

それは、神すらも知らない。
ただ。
「子供達の未来に、希望があらんことを……」
彼は、祈った。




END.

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あとがき:

初のハリポタ小説です。
何だか資料不足で、選手の描写が曖昧です。
「ビーターだからきっと男の子だよねv」とかテキトーに言って書きました(てへv)。
おかげで、オリジナル味の濃い物に……。
だけど、私的にオリジナルキャラとして出したのは、
コーチだけです(だから、そのコーチが出過ぎなんだって)!
コーチの名はラウンド=リーノクロウス(このキャラに覚えがある方、偉い!)、
心はいつでも29歳(おい)。
ホグワーツ校の名コックにしてその他諸々雑用係。
昔クィディッチをやっていて、スリザリンの名キーパーだったという設定。
――これから先、ドラコはコーチの言いつけを果たせるのか……不安です(ぇ)。
頑張って果たしますとも!
これが、私のオリジナル設定を皆さんに示す第一歩なのですから!






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