インスタント避暑地
「暑い」
積み重なる半透明の物体を半目でにらみながら、そいつはつぶやいた。まぶたからのぞく金色の目はうつろというか目が座ってる。暑さで完全に脳みそが煮えたぎっている風だった。
だがそいつ、アルル・ナジャが文句をたれたくなるのも無理はない。
雲一つない晴れ渡った空には、無尽蔵な魔力を馬鹿げたことにしか使わないどこぞの10万とんで25歳の魔王が打ち上げた、どでかい太陽が居座っていた。
本来闇を好む俺としてもこの暑さにはさすがに閉口し、某魔王を倒しに行くことを決意したわけだが、アルルほど暑さにうなってはいない。
会うやつ会うやつから「暑苦しい」と言われるマントには少々仕掛けがあって――まあ単純にアイスストーム系の軽い魔法がかけてあるわけだ。太陽光で生ぬるくなった自然風に頼りきっているアルルとは違う。
アルルは空から降ってくるぷよぷよを右手だけでコントロールし、左手は服を扇ぐことに専念させていた。自分の方の半透明の物体をいくつか消すと、それによく似た黒っぽい硬質の物体――お邪魔ぷよがアルルの方に落っこちる。
操作を妨害されたアルルは、行き場所のなくなったぷよぷよを適当なところに積み重ねた。
「ああもう! こんなに暑いのにどうして君たちはぎゅーぎゅーくっついてるのさ!!」
「積み重なってるのはお前が勝負に集中していないせいだろう」
ぷよぷよへの理不尽な問いに、俺は代理で親切に答えてやった。ぷよぷよ勝負を吹っかけられた経緯は思い出せないが、いつものくだらない口げんかの延長だったはずで、思い出すほどのことでもない。
何にせよ、アルルが付け入る隙を見せまくっている今は、絶好のチャンスだ。今日こそ打ち負かして魔力をいただいてやる。某魔王を倒すには力をつけておくに越したことはない。
俺が新たに連鎖を作ろうとしたところで――アルルの手元からぷよぷよが消失していった。
「えいっ! ファイアー!」
先に連鎖を作られたか、と少なからず焦りが生まれる。幸い次の掛け声で終わりを迎えた。
「アイス……ストォォォォムッ!!」
「は……」
アルルの目が強い日差しを受けてギラリと光る。両手をぷよぷよの山に向かって突出し、渾身の力を込めて魔導を組み立てた。
涼しい風が吹く。いや、凍えるくらいに強い吹雪が、南国色に染まった景色の中場違いに吹き荒れる。
俺はとっさにバリアーを張ってそれをガードし……吹雪を避けるために思わず閉じていた目を開く。
そこにはあわれ、アルルのアイスストームを直撃したぷよぷよたちが、お邪魔ぷよよりも固く硬直して氷のタワーを築き上げていた。
イレギュラーな魔力にオワニモの魔法が相殺されて、勝負がつかないままぷよぷよたちが去っていく。アイスストームに囚われたぷよぷよは退散することもできずそのまま居残っていた。
相変わらずよく分からんところで桁外れな魔力を発揮するやつだ……。半分は感心してやるが、もう半分は呆れが占めていた。
「ん~、ひんやり!」
アルルはご満悦そうにぷよぷよのタワーにほおずりしている。ぷよぷよたちからすればまったくいい迷惑だろう……やれやれ。
興が冷め、俺はマントを翻した。せっかく勝負は優勢だったが、こうなってしまっては仕方がない。アルルが再戦できそうにない限り、勝負はお預けにするしかなかった。
今日のところは立ち去るかと、アルルに背を向けかけたそのとき。
早くも溶けはじめていたタワーが、アルルの方にぐらりと傾く。
アルルはいまだタワーから離れようとしない。というか身体を冷やすことに夢中になっている。というかああ……お前の熱のせいで溶けてるんじゃないかそれ。
俺は次にすべきことを一瞬考えたが、選択肢が一つしか浮かんでくれなかったので舌打ちしつつも走り出した。
二秒で氷と地面の間に割り込み、アルルの身体をつかむ。どうせ引っ張ったところで離れないことは目に見えていたので、俺は用意していた魔法を唱えた。
「テレポート!」
俺とアルルの身体が強制的に5メートル先の地面に移動する。背後でタワーが地面と接触し、ぐわんぐわんと重たい音が鳴り響いた。
その衝撃で氷が割れて、中にいたぷよぷよたちが逃げるように異空間に帰っていく。俺は多少同情の気持ちを込めてそれを見送った。
当のアルルはちっとも反省していないのか、謝る気配も礼を言う気配もない。一言文句でも言ってやろうかとその身体を引きはがそうとするが――それはアルルの手によってなぜか阻まれた。
ほそっこい腕を俺の脇腹に回し、貼りついている。溶けた氷に密着していたせいでアルルの身体は濡れており、俺の服にまで水がしみてきた。このやろう。
「君、気持ちいい」
アルルは俺のみぞおちの辺りに頬をすりつけ、遠慮なく水のしみを広げていく。白い服が肌にへばりつき、うっすらと色がにじんでいた。
「涼しい」
アルルは満足げにさらにマントの中へと侵入してくる。先ほどまでの鋭い目つきは消え失せ、こちらが笑ってしまうほどふやけた笑みを浮かべていた。
「ああ、そうかよ」
引きはがすのを諦めた片手を地面に置き、もう片方の手でバンダナを掻く。アルルをつかんだせいで俺の手のひらも濡れてひんやりとしていた。その手を頬のあたりまでずらして、火照った顔を冷やす。
――俺は暑くなったよ、こんちくしょう。
今日は暑い。連日暑いが特に暑い。何で俺ばかりがこんな暑い思いをせにゃならんのだ。
俺はアルルに何か仕返ししてやろうと手を泳がせ――特に思いつかなかったので、その背をつかんで、自分の胸に引き寄せた。
FIN. ↑