ソラノテガミ

Which

その問いは、唐突だった。

「俺と山本、どっちの方が好きですか?」

あまりに何の脈絡もなかったので、ツナは思わず聞き返していた。
「どっちって」

ツナといる時意外にずっとある眉間のシワが、珍しくツナの前でも深く刻まれる。
ただでさえ人相の悪い獄寺の顔が、さらに剣幕になった。
思わずツナの表情が凍り付く。

別に機嫌が悪いわけではない。
いや、悪いのだが、別にツナに怒りを覚えているわけではない。
どちらかと言えば山本のせいだ。
山本がツナと一緒にいる時、獄寺の眉間には絶えず深いシワがある。

獄寺は目を細めて山本に視線をやった。
力の限りにらみつけているのだが、目の奥に潜む殺気に気づかないのか、山本はへらへらと笑っている。
頬の筋肉が疲れるのではないかと思えるほどだ。

つくづくにらみ甲斐のない奴だ。
獄寺は内心毒づいた。
にらみを利かせるなり顔をあからさまに引きつらせる奴も気にくわないが、にらんでもてんで的はずれな反応しか返してこない奴には怒りすら覚える。
おちょくられているのではないかと疑いたくなる。
根っから天然の山本に限っては、そんなことはあり得ないだろうが。

獄寺は山本に牽制するのを諦めて、もう一度ツナを見た。
「俺と山本、どっちの方がより好きですか?」
質問を繰り返す。
繰り返すが、ツナには相変わらず意味が分からなかった。
内容は理解できたが、なぜそんなことを聞くのかが判らなかった。

どっちだろうか。
思考を巡らせるがそう簡単に判るものではない。
そもそも人間の感情を計れるわけがない。

ツナは「判らないよ」と早々にギブアップしてしまいたかったが、獄寺がそうさせなかった。
真剣な面もちでじっとツナを見ている。
本気で答えを待っているようだった。
ツナは浮かびかけた言葉を、牛乳と一緒に流し込んだ。

屋上の入り口の傍に腰を下ろして、弁当やらパンやらを開けていた。
ツナの本日の昼食は、焼きそばパンにパック牛乳である。
本当はコーヒー牛乳を買いたかったのだが、隣で牛乳を購入した山本との身長差を考えたら思わず牛乳を買ってしまった。

あまり好きではない牛乳を喉の奥に流し込んだら、言葉も上手く飲み込めた。
だからといって新しい言葉が浮かぶわけでもなく、すぐに言葉に詰まった。

ツナは焦ってパックを握りつぶす。
牛乳がこぼれて、手首を伝った。
「ツナ、牛乳こぼしてんぞ」
「あ、うん」
山本がポケットからハンカチを引きずり出した。
どうせアイロンもかけずに置いてあったのを適当に入れてきただけなのだろう。
シワだらけで何とも山本らしい。

「ありがとう」
素直に受け取ると、自然と言葉が出た。
ハンカチは洗い立ての洗濯物特有の、優しいにおいがした。
手首から肘までのラインを拭く。

上から山本の手が降ってきて、ツナの頭を撫でた。
「そそっかしいな」

「十代目に失礼なことを言うな」
獄寺がきっぱりと制止した。
緩んでいたツナの頬がまた引きつる。
山本は険しくなった獄寺の顔を不思議そうに見つめた。

三人の他に、屋上に人はいなかった。
梅雨入りの近い空は、雨は降っていなかったが、どんよりと曇っている。
しかし日差しがちょうどよく遮られ、意外に過ごしやすい。

沈黙に遮られた空気は、とてもとても過ごしにくかったが。

山本は箸を置いてじりじりと獄寺に近寄る。
座ったまま移動しているので、どうしても制服のズボンが汚れる。
地面にこすった部分が白くなっていた。
獄寺は思わず山本が動くのと同じ速度で引き下がる。
背中にフェンスが当たって、行く場所がこれ以上ないことを知る。

山本の手が、獄寺の頭を捕まえた。
獄寺の頭をぐしゃぐしゃと掻く。
「何してんの」
意味も判らず髪をぐしゃぐしゃにされて、獄寺は不服そうな声を上げた。

山本は満足げに言う。
「撫でてほしかったんだろ?」
「はぁ?」
どう考えたら、そういう結論に達するのだろうか。
獄寺は空気が抜けるように素っ頓狂な声を上げた。

「だって、俺がツナを撫でたら不機嫌そうな顔したじゃん。
これでおあいこおあいこ」
至極納得した様子で頷いているが、はっきり言って納得しているのは山本だけである。
ツナも後ろの方で何かを言いたげに口を開いている。
きっと心の中では激しいツッコミが響いていることだろう。

何だかもう馬鹿らしくなって、怒る気も失せた。
獄寺は軽く山本の腕をはたく。
たやすく山本の腕は引っ込んだ。
まだ笑っているところを見ると、どうせ「恥ずかしがりやがって」とでも思っているのだろう。
反論してやる気にもなれず、短く息を吐いた。

「十代目」
「何?」
はっとした様子で、ツナが顔を上げる。
張りつめた表情はもう消えていて、獄寺はほっとした。
「気にしないでください。
さっき言ったことは」
ツナが困っているのが判ったから、獄寺はそう訂正した。

ただし、その言葉が本意ではないのは判りきっている。
どこか諦めたような顔をしている獄寺を見て、ツナは短くため息をついた。

獄寺は常に山本の存在が気になっていた。
ツナが自分よりも山本を信頼しているように思えたからだ。
今日の昼だって、ツナは先に山本に声を掛けた。
その次に獄寺だ。

些細なことでも、思ってしまう。
自分は、二番目なのではないかと。

どれだけ行動したって不安はぬぐい去れなかった。
ならば、一番手っ取り早い方法を取るしかない。
本人に聞いてしまうのが一番だ。

どこかで恐れていた。
ツナが山本を選ぶことを。
どうしても自分を選んでくれる気がしなくて、知らず知らずのうちにイライラしていた。

果たして、判っていたのだろうか。
獄寺は自分が、どれだけ泣きそうな顔をしていたのか。

山本が獄寺をなで回して、最初は一体何事かとも思った。
しかし獄寺の表情が軟らかくなってツナはほっとしていた。

「獄寺くんかな」
ツナがぽそりと呟く。

「何がですか?」
名前を呼ばれて、少し嬉しそうに頬を緩ませた。
ツナは少し心苦しく思う。

なぜ自分の言葉にそこまで反応するのか。
獄寺が見ているのは死ぬ気モードのツナであって、普段のツナではない。
今のツナには何の力もなければ、影響力もあるはずがない。
申し訳ない気がした。

それなのに、突き放そうとしない自分は卑怯なのだろうか。

「どっちも好きだから判らないけど」

そう言葉を付け加えれば、頭の良い獄寺はすぐに理解してくれる。
口の端をいっぱいに広げて笑う。
頬には朱の色が差していた。

「十代目!」
きらきらとした眼差しをまっすぐツナに向ける。
一瞬ツナは圧倒された。
獄寺はツナの肩を掴み、揺さぶる。
「それって、それって!」
「うん、まぁ」
「よっしゃー!」
何も言っていないのだが、今の獄寺は最強状態らしい。
何やら色々な雄叫びを上げて立ち上がる。

食べかけのご飯もそのままに、屋上を走り出す。
ツナの制止の声はすでに届かなかった。
角で止まっては校庭に向かって「俺が右腕だー!」とか、「十代目を守るぞー!」とか叫んでいる。
誰かに見られていないか冷や冷やしたが、本人はこれ以上なく幸せそうなのであえて放っておくことにした。

ツナは苦笑しながらも、何だかくすぐったい気持ちになっていた。
喜ばれるのも、良いものだ。
ツナにとっては複雑な気持ちでも、相手がそれで良いのなら、それで良いように思える。
獄寺の晴れやかな笑顔を見て、ツナは自然と笑っていた。

「なぁ」
不意に山本が肘でツナをつつく。
ツナが振り返ると、そこには釈然としない山本の顔があった。
いつもひそめられている眉があからさまに垂れ下がっている。
落ち込んだ犬のようだと一瞬思って、それは失礼だと頭の中で慌てて否定した。

「じゃあ俺って、何番目?」

つくづく訳の分からない質問をされる日だと思った。
今日は一体何の日だ。曇りの日だ。
天気予報では雨は降らないらしい。

湿気を多く含んだ風が吹いて、ツナの淡い色の髪を揺らす。
衣替えの時期は過ぎ去り、制服は夏服に替わっていた。
風は、素肌には少し冷たかった。

「何が?」
一応問いかけると、山本は小さく言った。

「好きな順番」

小首を傾げて、じっと見つめられる。
何か訴えかけるものがあって、ツナは小さく呻いた。

これ以上どう答えればいいって言うんだ。
誰か教えてくれ、という心の叫びは空しく、ただ獄寺の叫び声が聞こえるだけである。

ここで山本の方が好きだとか山本も同じくらい好きだとか言ったら、再び同じことを繰り返すだろう。
そうしたら今度は獄寺がまたいじけ始める。

ああ、今日はいい天気だな。
何かから逃げるように、ツナは思った。
どんよりとしたくもが空を覆う。
逃れられないような気がした。

前方に山本。
横手に獄寺。
どちらをとっても後が怖い気がするのは気のせいだろうか。

とりあえず笑ってごまかしておけ。
もはややけになって、ツナは乾いた笑いを漏らす。

雲は後数日、晴れそうにはなかった。



FIN.


私としては山本大スキーなのですが、何だか違う奴がメインになってしまいました。
極寺&ツナってかんじですか?
個人的にはツナ&山本でお願いします。
山本は親友としてツナにべったりだと思います。
ツナが大好き。
出番少ないですが、一応山本に愛情を傾けて書きました。