ソラノテガミ

空を飛ぶ鳥

本棚のガラス戸が揺れた。
少し遅れて響くのは、平穏な住宅街にまるでそぐわない爆音だ。
ツナは部屋の中央に出した、組み立て式の丸テーブルにうつ伏せる。
あまりにも日常的な出来事で、ため息も出なかった。

爆音のさなか甲高い笑いが聞こえる。
そしてまた爆音が聞こえる。
大方、暗殺者の少年たちが暴れているのだろう。
暴れていると言っても、たいてい暴れているのはたった一人だ。
ランボと名乗る五歳の子供。
にわかには信じられないが、五歳にして、ランボは暗殺者なのだ。
実績などまるでないが。

こんなややこしいことになったのは、数ヶ月前からだ。
平凡で、むしろ駄目人間の部類に入るツナの生活が一変したのは、そう前のことではない。
その間に異常はあっさりと日常として溶け込んでしまった。
リボーンという赤子がツナをマフィアのボスにするためにやってきた日が懐かしい。
現在ではツナはマフィアのボス候補として、強制的に修行中の身である。

揺れが収まって、ツナは顔を上げた。
向かいに座っていた友人である、山本と目が合う。
野球部らしく短く刈り込まれた髪がよく似合う。
人当たりの良い好青年だ。
ツナが急変した日常に感謝できる、数少ないことかも知れない。
山本という大切な友人が出来た。
たぶんリボーンが来たおかげなんだろう。
以前の、無気力で、運動も勉強も出来なくて、常に逃げ腰のツナのままだったら、
きっと山本と話す機会さえなかったから。

「いつも騒がしくてごめんね」
とても笑う気になれなくて、引きつった笑みを浮かべる。
山本は「気にすんなよ」と言って、背後にあった本棚に背を預けた。

不格好に突き出た、本棚に入れるには大きすぎる本が、傾いていた。
ツナが「危ないな」と認識した直後に、ずるりと本棚からずり落ちる。
「あ」
制止の声を出す間もなかった。
山本の上に落下していく。

「今度は一体、誰が何をやらかしたんだか」
騒音に呆れる様子もなく、むしろ楽しげに、山本は呟く。
左手を上に上げると、直撃数センチ前の所で本をキャッチする。
落下してきた本を傍らに置いた。

あまりにも自然な動作に、ツナはあっけにとられていた。
見ないで掴めるものなのだろうか。
野球をやっているから、物を掴む時とっさに出るのは左手なのだな、と思うと、何か感心してしまう。

山本は本のタイトルを見やる。
世界遺跡の旅。
表紙はスフィンクスとピラミッドが描かれていた。
「ツナ、お前考古学に興味があるのか?」
不意に尋ねられて、ツナはあいまいな返事を返す。
好きなわけではない。
ただ小さい頃からある本で、特に本棚は整理していないし新しい本も買わないから、
本棚に入れてあるだけ。
「そんなことな」
言い切る前に、思いの外近くで爆音が響いた。

木が割れる時の、みしみしという音が聞こえた。
次の瞬間、木製のドアは粉砕していた。
破片が目に入らぬよう、とっさに目をかばう。
視界の端を、黒い物体がかすめていった。
「へぶっおっうえっ」
奇妙な叫び声を上げて黒い物は転がっていく。
何か毛玉のようなそれは、何度か床の上をバウンドする。
壁にぶつかってようやく制止した。

「ちゃおっす」
ドアを壊した張本人と思われる、身の丈一メートルもない赤ん坊が、
のんきに片手を上げて馴染みのあいさつをする。
「勉強してるか?
ジュースを持ってきてやったぞ」
盆の上に二つ載せたジュースの内一つをずるずると飲みながら偉そうに言う。
彼がリボーンだ。
見た目からは判断できないが、凄腕の暗殺者である。
ツナをマフィアのボスに育て上げる、家庭教師でもある。

家庭教師とはいえ、一般的なイメージの家庭教師のようなことはほとんどやっていない。
現に今だって、山本と一緒に補修の課題をやっている。
リボーンは毎日ツナを追いつめることで手一杯である。
どう見たって、毎日暇そうにしているようにしか見えないのだが。

「ああ、ありがとう」
言ってから気づく。
リボーンがジュースを飲んでいては、飲み物の数が合わない。
「ちょっと、誰の分飲んでるんだよ!」
「俺の分だ」
「もう一つは」
「山本の分」
「僕の分は」
「あるわけがないだろう」
「だああ!」
さも当然のことのように言い放つリボーンに、ツナは髪の毛を掻きむしった。
差し入れの意味が丸でない。
山本は笑いながら「半分ずつ飲もうぜ」と言うが、そういう問題でもない。

納得がいかなくて何か言ってやろうかと思ったが、何を言っても無駄のように思えた。
リボーンは感情の読めない表情のまま、ツナの横を通り過ぎていく。
「ほらよ」
山本の所にコップを置いた。
「サンキューな、坊主」
山本はリボーンの髪をわしゃわしゃと撫でる。
暗殺者として名高いリボーンの頭を堂々と撫でるのは山本くらいであろう。
山本はリボーンが暗殺者であることを知らないのだ。
というか、理解していない。
もはやつっこむ言葉も出なくて、ツナは乾いた笑いを漏らした。

「コラーーっ!」
部屋の片隅から叫び声が上がる。
木の破片を蹴散らして、黒い物体が起きあがった。
毛玉に木の破片が沢山付いている。
頭を大きく振って破片を飛ばし、黒い物体……もといランボは、リボーンをびしりと指さした。
「頑張ってジュースを持っていこうとしたランボさんをよくも邪魔してくれたな!」
すでに半分泣いている。
何度か聞こえた爆音は全てランボに降りかかっていたに違いない。
舌っ足らずなのがさらに聞き取りにくくなっている。
ランボがリボーンに戦いを挑むのはいつものことで、返り討ちにされるのもいつものことだった。

リボーンがやってきて同時にもたらされたやっかい事の一つがこれだ。
ランボが敵いもしないのにリボーンに戦いを仕掛けるたび、
被害を受けるのはツナの周りの家財である。
おかげでいくら片づけてもきれいにならない。
リボーンが来てから、ツナは初めて自室を掃除するようになったくらいだ。

ランボがリボーンに突進していく。
その手には手榴弾が握られていた。
ピンはすでに抜かれている。
ツナは慌てるわけでもなくおもむろに立ち上がって、南側の窓を開けた。
ランボは手榴弾を投げつけた。
リボーンが、手にしていたお盆でそれをはじく。
手榴弾は窓を飛び出して、虚空で爆発した。
それを確認して、ツナは窓を閉める。

再びツナが腰を下ろすのと、突進したランボがリボーンに殴り飛ばされるのはほぼ同時だった。
ずいぶん景気よく吹っ飛ばされたようで、階段の方まで転がっていく。
そのまま階段の下へと落ちていった。
「……ちょっと可愛そうかな?」
さすがに気の毒に思えて、ツナは部屋のドアから顔を出した。
ドアが壊れたので開ける必要がない。
階段の下の方を見るが、一番下まで落ちたらしく、二階からでは確認できなかった。

「大丈夫だろ。
あれであいつは丈夫だ。
一般人と違って、鍛えてるからな」
リボーンがさらりと言うが、その横をすり抜けツナは部屋を出た。
後ろを振り返って、「ちょっと待ってて」と言うのも忘れない。
山本の返事を待たず、階下へと降りていく。
リボーンは「やれやれ」と呟きつつ盆と空のコップを持ってツナの後に付いていった。

数秒の後、家の中に泣き声が響き渡る。
ランボが泣きじゃくっているのだろう。
これだけ元気なら怪我の心配はなさそうだ。
二階にいる山本には内容は判らなかったが、何やらリボーンを罵っている。
だんだん声が遠くなっていくのをみると、家を飛び出していってしまったようだ。

山本はツナの部屋の窓に歩み寄る。
真下にある玄関を見下ろした。
ちょうど飛び出していくランボが見える。
真上から見ると、本当に黒い毛玉のようだ。
ふわふわして気持ちよさそうだな、と思っていると、突然ランボが煙に包まれる。

煙が晴れた後に現れたのは、山本と似たくらいの年の少年だった。
何度か見たことがある。
少年が上を見たので、山本と目があった。
山本は手を振るが、その少年は塀を飛び越えて、向かいの家の敷地に隠れてしまった。

すぐ後にツナが家を飛び出してきて、左右を確認する。
どうやらランボを見失ったらしい。
後から出てきたリボーンに何か言って、ツナが右に、リボーンが左に向かう。
二手に分かれて探しに行ったのだろう。

急に家の中がしんと静まる。
ツナとリボーンも出ていってしまい、山本だけが取り残された。
ツナの家は、ドアが粉砕していることをのぞけば、ごく平凡な姿を取り戻していた。
「毎日にぎやかだな」
山本は頬杖をついてぽつりと呟いた。

そういえば煙が消えた後、ランボは一体どこに消えてしまったのだろうかと山本は思った。
探すのを手伝いに行こうか。
どうせ一人で勉強する気も起きないし、そうしようと思って、腰を上げる。

毎日にぎやかだ。
みんなでワイワイやって、充実しているように見える。
何というか、ただ連んでいるだけではないのだ。
何となく一緒に行動している友達とは違う。
自然と、何かに引かれて集まってきているというか。
その中心はツナなのだろう。
ツナを中心にして、何か深い物ができあがりつつある。

こういうのを、「仲間」というのだろうか。

山本にはよく判らなかったが、良い物のような気がした。
すっごい大切な、とてつもなく良い物だ。

山本は部屋を飛び出して、みんなの後を追った。



どうしようもなくにぎやかで、どうしようもなく慌ただしい毎日。
どうしようもなく疲れるが、実はツナはまんざらでもなかった。
むしろ、何かがないと退屈で仕方がないんだ。
未だ自覚はしていないが、心の片隅できっと思っている。

かごを飛び出した鳥は自由を知った。
大空を飛べば、疲れるけれど、そこにはかごの中にはなかった景色がある。
共に飛ぶ仲間もいる。
危険もあるけれど、大空を飛ぶ自由には、きっと変えられない。

山本がツナを見つけて、追いついてくる。
仲間と寄り添って、ツナは再び飛び始めた。

何があるかもよく判らない、不安だらけの。
広すぎて途方に暮れることもある。
だけど、無限大に広がる。

「大空」へ、彼らは行く。



ちなみに、山本がランボを最後に見た時の状況を思い出して、
それを聞いたツナが真っ青になった頃には、二人ともよく判らない町まで行き着いていたという。

二人が家に戻れるのは、たっぷり日が暮れてからのことだった。




END.   



リボーンを読んで即日に書いてしまいました。
山本大好きだぁぁぁぁ!!
黒髪短髪ですよ、野球馬鹿ですよ、頭悪いんですよ、天然なんですよ!
しかもツナファミリーの中では一人だけマフィア出身ではない一般人だし。
可愛すぎます。
でも獄寺君もランボも可愛い。
獄寺君はツナを慕いまくってるところが可愛いです(まるでワンコ!)。
ランボはいくつになっても駄目なところが可愛いです。
へたれ大好き。
もはや、私がどんなキャラを好きになるかは全て知人には読まれていると思います。