「騒がしい放課後」


 鉄扉が床を引きずり、微かな振動が手首に伝わる。古いクラブ棟の校舎と同じく、だいぶぼろくなった扉は、本来柄のない表面に錆で点々と模様を描いていた。
 扉にはやたら長い札が二つ、かかっている。一つは、ボードゲーム同好会。文字数が多いため、必然的に部活名を書き込む板も長い。もう一つ、占い同好会は、隣にかかっている札と大きさを合わせたため、やたらと空白が多くなってしまった。
 どうして占いの方がボド同に合わせなければならないのかと、占い同好会会長兼書記及び会計の神代は思うが、勢力が違いすぎるので仕方がない。単純に人数だけで言えばボド同は五倍だ。……占いの人員は神代一人だけなのだけれど(逆に、ボド同だってたったの五人だ)。
 部室の中に入ると、陣地争いが見て取れる。駒は少ない占いだが、去年までは卒業した三年生が頑張っていてくれたので、陣地は今のところ半分半分。人数はさておき、占いだって一つの同好会なのだから、平等に分けるべきだろうというのが占いの主張である。
 何にしろ、総計たった六人には大きい部室だったので、陣地争いはそこまで重要ではない。ただ暇つぶし半分(特にボド同はボードゲーム感覚で)時折言い争いが起こるくらいだ。占いの人数が大きく減った今年からどうなるかは判らないが。
 部室に入って右側が占い、左側がボド同である。机は小さいのを中央に八つ、つなげて使っている。一つはボド同が対戦のため動かしているので、今は七つしかない。
 左半分の机には、オセロやら囲碁やら色んなボードが置いてある。隣には駒をしまった箱が添えられていた。ボド同会員はそろいもそろって違うゲームが趣味なので、置いてあるボードの種類はまちまちだ。
 放課後始まってすぐのこの時間帯、まだ日は高めだった。追いやられるようにしてクラブ棟の端にある部室だが、その利点として日当たりが良い。夏も風通しが良かったりするので(閉め切っておくといささかサウナのような状態になるが)意外快適な場所だったりする。
 神代は電気は付けずに、ドアをゆっくり閉める。古いのでいたわって閉めてやらなければならない。機嫌を損ねると時々歪んで開いてくれなくなる。
 机にカバンをどかりと置いた。珍しく、ボド同の会員はまだ誰も来ていないようで、室内は妙にしんとしている。隣や上の部室からの足音が大きく響いた。心なしか振動まで伝わってくる。
 外からは早くも部活を始めた運動部のかけ声が入ってきた。ホイッスルの音が鳴り響く。
 神代は部屋の隅にあるロッカーを開けた。少しほこり臭い。今度芳香剤でも入れておこうかと考える。
 占いの備品はあらかたこの中に置いてあった。細々とした物は箱の中に入れられ、バラバラの大きさの箱がそろえて並べられている。神代が使っているのは、一番とりやすい真ん中の段にある、タロットカードだけだ。
 暇なので占い同好会らしく占いをしようと思ったのだが、何となく気乗りしない。第一、占いたいことがない。箱の上に無造作に置いてあるタロットカードのケースを取り出し、手に取ってみるが、占いたいことは思い浮かばなかった。
 結局何もとらずにロッカーを閉める。手ぶらのままイスに座った。一人きりの部室は広く見える。部室前部が占いの物に鳴ったような気がして、少しだけ優越感を感じた。
 でも、あれだ、なんか――。神代はぽつりと思う。
「寂しいな」
 同じ占いを二人でやって、出た結果にくだらない議論をするとか、意味もなく今日の弁当のおかずを当てるとか。他愛もない遊びができない。神代は足で机の脚を小突く。振り子のように足を揺らし、一定のテンポで机を揺らした。
 一人が際だつ。新学期始まったばかりでは新入生もいない。このまま、占い同好会はつぶれて、自分の居場所はなくなってしまうのかと思うと、神代は無性に悲しくなった。
 べり、とテープを思い切りはがしたような音を立てて、ドアが勢いよく開く。もっと静かに開けろよと心の中でぼやきつつ、反射的に入り口を見た。ボド同の誰かかと思ったら、見慣れない少女が顔を出す。
 肩の辺りで切られた髪はセミロングとショートの間くらいで、毛先は柔らかいカーブを描いていた。日に当たると紅茶色に見える。両脇の髪を真ん中でまとめて、上の方にくくっていた。
 余程急いできたのだろうか、肩で息をしていた。セーラー服が右肩の方にずれている。二年連続で同じクラスなので、すぐに同じクラスの望月だと判ったが、何故占いの部室に来るのか、一瞬悩んだ。そして――先日自分が無理矢理入れたのだということを思い出す。
「神代!」
 望月は喉の奥から大声を出す。酸欠になって余計に息づかいが荒くなった。疲れるならやらなければいいのに。
 神代は頬杖をついて「何?」と返す。興味なさげなその態度が気に入らなかったのか、望月の眉間に濃いしわが刻まれた。こういう表情さえしなければ結構可愛いとのだということを、この天然少女はたぶん自覚していない。
「資料運び! 私とあんたが頼まれたの! 忘れてたっ?」
 彼女の言葉に、胸に手を当ててよく思い出してみる。昼休みだった気がする。つい授業中に隣の席である望月とトークバトルが白熱してしまい、罰として資料運びを命じられた気がする。
 会話の内容は忘れたが、確か卵焼きに砂糖を入れるか塩を入れるか、という話だった。スイカとかトマトとかいう単語も思い浮かぶが、何の関連性があったかよく判らない。
 神代は握り拳で手のひらをぽんと叩く。
「忘れてた」
 正直に申し上げたのに、望月の怒りはさらに上昇して、見る見るうちに頬が赤くなる。下唇を強くかみしめ、うつむいた。
「あんたって奴は〜〜っ!」
 このままでは確実にやばいと本能が察知し、神代はイスを倒してじりじりと後退する。丸い形のイスがごろごろと転がっていった。しかし神代もすっぽかされたことがあるので、そんなに怒られる義理はない。義理はないが、言い訳するのも何だか恐ろしく、頭の中ではいつ逃げようかということばかり考えていた。
 やっぱり占いをしておけば良かったかもしれない。そうすればもしかしたら、この事態が察知できたかも。神代は引きつった笑みを浮かべた。ビビリ半分、面白半分。理由はどうあれ、賑やかなのは良いことだ。
 どんな一匹狼でも、意外と寂しがりやなのだ。ずっと他人と顔をつきあわせていることは出来ないけれど、ずっと一人でいることも出来ない。たまに誰かと他愛もないことで騒ぐのが丁度良い。
 神代の笑みはより望月の気を煽ったようで、望月がわめきながら部室に飛び込んでくる。神代はそれをさっとかわして、逆に入り口から出ていった。それを望月が追いかける。クラブ棟の廊下で全力ダッシュを繰り広げた。


おわり。

 相互リンクありがとうございます! お礼に即興小説を差し上げます(いらない)。一生懸命四コマを読み返したのですが、部室内の描写はかなり捏造してしまいました。すみません〜(汗)! これからも更新楽しみにしています!