桜咲く




長い廊下を、パタパタと走る。
廊下、とはいえ、そこは十分な広さを持った空間だ。
ボクが三人横に並んで手を伸ばしても、端には指先すらつかない。

足下には青い絨毯が敷かれているため、うっかりすると転んでしまいそうだ。
もっとも、転んでも痛くはない。
この魔導師の最高峰、魔導学校には、事故防止用の魔法がかけられている。
つまり転んでも怪我をしないし、ぶつかっても血が出たりしない(痣はさすがに出来るけど)。

魔法の効力は、一つの都市広大な魔導学校の敷地内全体に及んでいる。
その広さは、長過ぎる廊下からも伺えるだろう。
この魔法を制御しているのは、校長であるマスク・ド・サタン氏らしい……。
あまりの無尽蔵な魔力だ。
世界では、彼こそが最も偉大な魔導師だと言われているくらい。
ボクもそれに依存はないけど、ふと見知った顔が浮かぶ。
自称魔界の貴公子の、ボクにやたらと構ってくる迷惑な魔王・サタン。
普段の行動こそは身勝手で情けないが、魔力だけはサタンに誰も敵わない。
ボクのよく知る闇の魔導師、シェゾでさえも。

「カミュ先輩〜!」
ボクは、走っていた目的の人物、カミュ先輩に大きく手を振った。
廊下は直線だから、遠くにいるカミュ先輩の姿が微かに見えたんだ。
カミュ先輩は、ボクの幼稚園の頃からの先輩だ。
今はボクの二学年上に在学していて、
魔導学校の先生になるために教育実習生としてボクのクラスを担当している。
背も平均より高く、教育実習生特有のバッチを付けたカミュ先輩は、
遠目からでもすぐに判った。
だけど声を掛けるには遠すぎたので、距離を縮めたってわけ。

黒髪に青色の瞳を持つカミュ先輩は、ボクに気付いて手を振り返した。
「やぁ、アルル、おはよう」
立ち止まって、端正な顔に笑みを浮かべる。

「おはようございます!」
やっと側まで来て、ボクは息を付いた。
カミュ先輩は小さく笑って、ボクの息が整うまで待ってくれる。
「今日は早いね、アルル。
まだ授業開始まで充分時間があるけど」
言われて、ボクは当初の目的を思い出した。
カミュ先輩を見かけたとたんに、すっかり忘れていた。
ボクは大きく頷く。

「ええ、今日は良いお天気なので、桜を見に行くんです!」

――朝起きたら、晴れの日差しと青い空、桜の花が舞い込んだ。
華やかに咲き乱れる桜の花と、散っていく花びら。
ピンク色が、ボクの視界一面に咲いた。
青空に、うっすらとだけ見える白い雲。
そして、桜。
夢から覚めたばかりのボクの心は、夢よりも幻想的な世界にいた。
偶然と必然が織りなす世界に、ボクは奇跡を覚えた。

いつもカーくんやルルーに起こされるボクが、珍しく自主的に起きてきた。
桜を見に行こう。
あんまりに綺麗だったから、ボクは急いでベットを抜け出した。
窓を開けたら、桜の匂いが舞い込んでくるだろうか。
そんなことを考えつつ――。

そして、桜のよく見える自分の教室に行こうとしたら、カミュ先輩を見つけた。

カミュ先輩は笑顔を深くして、「アルルらしいな」と笑う。
そして、そう言えばと付け足した。
「シェゾ先輩も、そんなことを言っていたよ」
多分、この時ボクは、あからさまに顔を歪めたと思う。
顔の筋肉が引きつるのが、自分でもよく判った。

月のように煌めく銀髪に、海のように深い鮮やかな青の瞳。
天使という形容詞が似合うほど整った顔には、
悪魔という形容詞が似合う笑みを浮かべている。
背が高くスラリとした体を、闇の如く黒の衣装で固める人物、シェゾ・ウィグィィは、
サタンに並ぶ迷惑な人だ。
いつもいつもボクの魔力を付け狙っては「お前が欲しい」という台詞を連発し、
変態という地位を不動にさせた。
ボクが魔導学校に入る前からの知人であり、
昨年は家庭教師(?)としてボクの勉強を見て貰っていたのだけれど、
未だに馴染みきれないでいる人物だ。

きっと、それには、シェゾに根付いた闇が関係している。
忌み嫌われる存在の、“闇の魔導師”をあえて名乗り、
闇であることを義務づけているような気がする。
まるで闇だけが、自分を構成する物全てであるかのように……。

「アルル?」
呼ばれて、ボクはハッとした。
いけないいけない、ボーっとしちゃった。
最近シェゾと嫌でも毎日顔を合わせないといけないせいかな、
困った関係の続くシェゾは、ボクの悩みの種でもある。

だけど、ボクの悩みは短い。
「今日の一限目は魔導生物の実験だから、早く行かないと準備を始めるよ?
教室でやるからね」
「はい!」
応えたときには、もうボクの悩みなんてすっ飛んでいる。
それがボクの取り柄であり、悪い癖でもあると、
一緒に住んでいたお祖母ちゃんによく言われた。
ボクもそう思う。
悪い癖だけど、大切な取り柄でもある。

ボクは踵を返して、カミュ先輩に背を向けた。
最後に、振り返ってまた大きく手を振る。
「それじゃあ、また後で!」
「気をつけてね!」
カミュ先輩の言葉を背に、ボクは転ばないように気を付けながらも、全速力で走る。
急がないと担任の先生が準備を始めるために教室から生徒を追い出してしまう。

だって、ボクのクラスの担任は、魔導に関しては恐ろしく几帳面な、シェゾなんだもん!



ボクの名前は、アルル・ナジャ。
魔導学校進級したばかりの二年生!

担任の先生であるシェゾは、四月から魔導学校で働くことになった、新任教師だ。
シェゾをよく知るボク等は、それは驚いたよ。
人と関わるのが嫌いなシェゾが、教師になるだなんて!
特にボクは、成績不良による退学の危機にさらされたとき、
シェゾに家庭教師をしてくれるよう頼んだのだけれど。
もう、説得するまでにどれだけ懇願し、どれだけの条件を飲まされたことか!
それだけに、自主的にシェゾが人に関わろうとするなど、あり得ないことだった。

もっとも、今ではなかなか上手くやっている。
シェゾは魔導学校の卒業生(ボクは初耳で、これにもとても驚いた)らしく、
意外と生徒とのコミュニケーションは多く取れた。
魔導のことに関しては生真面目なので、仕事もきっちりこなす。
何より、魔導に関する情熱と理解は誰よりも勝っていたから、
しばし教員として熱弁を振るうことにもなったのだ。

当然、その見目の良さから、女子生徒にからのウケは◎(にじゅうまる)。
おまけに、教育実習生としてカミュ先輩がシェゾの補佐についているため、
男子からの印象もそう悪くはならなかった。
人当たりの良いカミュ先輩が、ことあるごとにフォロー(?)を入れるから。

そんなこんなで、彼はすっかり魔導学校の一員となる。
だから、自然なことなのだ。

ボクの邪魔をするかのように、教室の窓全面に暗幕を取り付けていたって。

「早すぎるんだよ、君は!」
「準備があるから邪魔だ、消えろ」
見事にかみ合わない台詞が、沈黙した教室内に交差する。
確かに、彼は優秀な教師だ。
それはシェゾに勉強を教えて貰ったボクが、一番胸を張って言える。
しかしこの時ばかりは、優秀ぶりが腹が立つ。
彼は、果たして窓の外に広がる桜を、美しいとは思わないのだろうか?

暗幕が、シェゾの体に少しぶつかり、はためく。
ちらりと見えた外の風景は、無機質な校庭の土と眩しい青空だった。
彼の位置からなら、桜は見えただろうか。

無関心に、シェゾは口を開く。
「遅刻常習犯のお前が、朝一番に来たことは誉めてやろう。
しかし、今日は来た時間帯が悪かったな。
もっと早く来るか遅く来るべきだった。
よって、今は間が悪い。
手伝われるのも面倒だ。
出ていけ」
並べられた、お堅い言葉。
流れる一方的な説明は、無言でボクを突き放す。

ボクは段々腹が立ってきた。
ちょっとくらい、理由を聞いてくれても良いじゃないか〜!
珍しく早く起きてきたのに(いや、着目点はそこじゃないんだけどさ)。
どうせ、シェゾは魔導が一番なんだ。
自分勝手で我が儘な、魔導一筋の魔導馬鹿だ!

「シェゾの分からず屋!」
あっかんべーをお見舞いし、ボクは教室を飛び出した。
しばらくドアを閉めずに、教室の中を振り返ってみる。
ボクは、きっとシェゾが怒って反発してくるだろうと思った。
それを、待っていた。
だってそうでもしなきゃ、君はボクに何も聞かない。

シェゾは無言だった。
無機質に作業する音だけが、聞こえる。
静かな音が、辺りを支配した。
嫌な物が駆けめぐる。
認識したくないけど、これは、これは。

――完全に、無視された……?

一つの事実を導き出し、ボクは呆然と立ちつくす。
怒ることすら、してくれないんだ?
疑問は、怒りをすり抜けて、無機質な所へ辿り着いた。
今までこんな事はなかったからかな、現実が上手く飲み込めない。
何も聞こえない世界に、隔離されてしまったような気分だった。



次の瞬間聞こえたのは、チャイムの音。
ボクは一体、どれくらいの間立ちつくしていたんだろう?
ざわめきが、とても静かに感じられた。
シェゾの無言だけが、大きく響く。

それから先は、あんまり覚えていない。


   ***


いつの間にか、夜になっていた。
あの後、ボーっと授業を受けていたら、授業は終わっていた。
ご飯も食べたらしく、お腹には満腹感があった。

確かルルーがカレーをおごってくれた。
温かいカレーだった。
いつも食べているものより辛くて、顔をしかめた。
カーくんはもっと辛いカレーを食べてしまって、目を回してしまった。

どうしたのかとルルーに尋ねられた記憶がある。
ボクは、「桜が見たかったんだけどね」と答えた。
じゃあ見ればいいだろうとか、そんなことを、怒って言われた気がする。

それもそうだと思った。
桜なら、今からでも見に行ける。
桜は校内にも咲いているので、割と遅くまで見に行っても大丈夫だ。
月明かりに照らされる夜桜を堪能するのも良いじゃないか。

思いついて、ボクはいくらか気力を取り戻した。
シェゾのことが、忘れられるわけじゃないけど、最初の目的は果たせる。
気が済めば、気持ちも収まるよ。
そうしたら謝りに行こう。
何もしないよりは良いでしょう?

思うが早いか、ボクは何も持たずに校庭へと駆け出した。
途中、カミュ先輩がシェゾを見なかったかと聞いてきたが、知らないと答えた。
知らないんだから、仕方がない。
とにかく、桜だった。
桜を見ないことには、始まらない気がした。
ボクは、桜の下へと急いだ。



春の、まだ冷たい風が素肌に凍みる。
いつもの青いアーマーの下に、シャツとタンクトップを着込む服装では、
いささか寒かったようだ。
腕を擦り合わせながら、桜の木の下へ移動する。
月明かりだけでも、桜は十分に桃色の存在感を放つ。
夜空には星がたくさん見えて、上を見上げれば満開の花が見えた。

校庭の端、連なる桜の大木の下に、人影が見えた。
先客だろうか。
自分以外に夜桜を見に来る変わり者がいようとは、少し不思議な気がした。
これでも、自分が一般的ではないことくらい、自覚しているのだ。

しかし、近付くに連れ、人物の輪郭がはっきりしてくる。
薄ボンヤリとした暗闇の中でのシルエットは、恐らく見知った者である。
同時に、納得する気持ちと疑問に思う気持ちが、生まれてきた。

「よう」
近付くと、声を掛けられた。
さすがに、あちらの方が夜目がきくらしい。
何せ、相手は、闇なのだ。
正確には、闇の魔導師――シェゾ・ウィグィィ。
黒いローブに銀髪、青い瞳は、他にそうそういるものでもなかった。

いきなりのご対面に、ボクは慌てた。
確かに会いたい人物だったが、心の準備はまだだった。
予定では、桜を見た後に会いに行くつもりだったのだ。
桜を見る前に、しかも偶然鉢合わせるなど、考えもしなかった。
そう言えば、カミュ先輩が彼を捜していたなと、思い出す。
通りでいないはずだ、そもそも校舎の中にはいないのだから。

色々思いは巡るものの、肝心の言いたいことはさっぱり思いつかない。
ボクは取りあえずシェゾからしばし距離を置いた場所に座り込む。
そろりそろりと顔を上げ、ようやくシェの顔を見た。
「シェゾ、やっほー……」

「朝、桜が見たかったんだな」
いきなり核心を突かれ、ボクはギクリとする。
肩を跳ね上がらせる必要はなかったのだけど、ついそうしてしまう。
「俺は夜桜の方が好きだから、その時は気が付かなかったが。
カミュの奴が、朝お前に会ったともらしてな、そこで桜の話を聞いたんだ」
カミュ先輩は不思議な人だ、ふと思った。
ボクがシェゾに腹を立てていたことなど知るはずもないのに、
いつの間にか仲立ちをしている。
それとも、ボクの数少ない行動パターンが、読まれているのやら。
「成る程とは思った。
お前の考えることなど、その程度だしな」
自分と同じ考えを言われて、ボクはムッとなる。
それを言うなら、シェゾだって似たようなものだ。

相変わらず、けなす言い方しかできない人だ。
魔導以外はてんで不器用な闇の魔導師は、まるで無知な赤子にさえ見える。
泣くことだけが、命綱である、赤子のようだ。
それ以外知らず、それ以外に手はなく、何を伝えるにも泣く。
闇に固執し、他のものを置き去りにしてきてしまったのだろうか。
未だ子供じみていると言われるボクと、似て無くもない。
もっとも、シェゾの方がボクより遙かに年長であるはずだけど。

「シェゾだって、似たようなものじゃないか」
自分の中で確信した事実を、口にする。
迂闊に思ったことを滑らせれば、倍になって言葉が返ってくるのだ、
慎重にいかなければならない。

案の定、帰ってくる言葉にいつもの説教じみたものはなかった。
「俺は、いつも同じものを求め続けているからな」
言いつつも、客観的な響きに聞こえた。
「それ以上も、それ以外もない」
それは、既にボクも知っている事実だった。
例えば、ついこないだまでの彼の決まり文句、「お前が欲しい」。
当の相手への配慮だなんて、あったもんじゃない。
魔力しか見ていない、魔力欲しさに奪うだけの、非常に自己中心的な思考だ。

なのに、違うと思った。
何故だか思わされた。
虚しく吐かれた言葉と息が、ため息に聞こえたからかも知れない。
「随分他人事みたいに言うんだね?」
代わりに、思ったことを口にする。
シェゾの大きな背中が、震えた。

自覚は、あるのだろう。
客観的な視点は、自分を恐ろしいほど見せつける。
シェゾは首を振った。
「判らない」
ボクにも判らなかった。

「お前といると、闇がかすむ。
俺という存在が判らなくなる。
今までこんな事はなかったんだ……欲しけりゃ奪った、それだけの力もある。
なのに俺は今ここで、魔力を前にくすぶっている。
判らない……闇が見えない、アルルでかすむ」
よく喋るなと思えば、シェゾの手には一升瓶が握られていた。
酔っぱらってる。
シェゾはお酒好きだったけど、酔わないから、珍しく思った。
特にボクが魔導学校に入学してからは、シェゾがお酒を飲んでいるのを見かけなかった。
きっと飲んでいるのは、相当強い酒なのだろう。
さっきは驚きで気付く余裕はなかったけど、思えば辺りは酒臭い。

「俺は一体、何を求めているんだ?」

自問じみた言葉は、ボクには到底判らなかった。
ボクは欲しいものが沢山あるから、“何”とは決めかねる。
だって、友達とずっと仲良くしていたいし、カレーもたくさん食べたい。
もちろん、立派な魔導師にもなりたい。
決める必要なんて無いし、決めることなんかボクには出来なかった。

「知らないよ」
シェゾがいつまで経っても自答しないので、ボクが口を開く。
「もしかしたら、何も欲しくないのかも知れない」
お前が欲しい。
そのフレーズが蘇り、出来れば何にも欲しくない方が良いな〜と思った。
そうすれば、迷惑君がサタンだけになる!
ある意味、サタンの方がやっかいな気もするけどね……。

ボクは答えを期待して、シェゾを待った。
シェゾは首を傾げて、しばらくして横に振った。
「そんなことはない」
ボクは肩を落とした。
「でも判らない」
その言葉に、ちょっと救われる。
魔力限定じゃないのなら、シェゾに付きまとわられることはない。

ホッとしたはずなのに、何だか寂しさを覚えた。
だけど、その感情を明確に形にするのは、面倒だった。
怖くもある。
新たに浮かび上がった事実は、
もしかしたら今ある幸せごと自分を覆してしまうかも知れない。

だからボクはそういうとき、一つの結論を出す。
深く悩まないボクの、良くも悪くも最大の結論。

「ま、いいじゃん♪」
結局、その一言で片付けることにした。

「……お前なぁ」
シェゾが頭を押さえて呻く。
頭の固いシェゾのことだから、その頭痛は酔いのせいだけじゃないんだろうね。

ふと、桜の花びらが、数枚降り注いできた。
風はなく、力尽きた花弁は、自然と命を手放す。
闇の中に舞う桜は、地面に落ちるのではなく、闇に落ちたように見える。
何故か、何も見えない暗中での光景の方が、正しいような気がした。
闇は光と違う形で、世界を照らす。

見方なんて、どうにでもなるのさ。

「シェゾ、せっかくだからもっと大きい桜の木に行こう」
突然流れの違う言葉に、シェゾは顔をしかめた。
ボクだって今思いついたんだ、理由なんて無い。
「ほら、せっかく校庭が貸しきりなんだしさ?
思いっきり桜見ようよ!
どーせ君、仕事終わらせてからここに来てるんでしょう?
あ、判った、今日冷たかったのは、そのせいだね!」
「あ〜、耳元で喚くな!」
シェゾの一言で、ボクはようやく止まる。
ボクは意味がないのに、今から耳を塞いでしまう。
それ程大きな声だったんだ。
当のシェゾも、耳を塞いでいる。
ボクの声のトーンも、相当五月蠅かったらしい。

おかしな光景だった。
沈黙した夜の桜の木の下で、ボクとシェゾが耳を塞いでいる。
滑稽で、何ともボク達らしかった。
「あはっ! あはははは!!」
おかしくて、思わず笑いが飛び出てくる。
「ふっ……」
珍しくもシェゾが、吹き出した。
あまりにも珍しくて、笑いに拍車がかかってしまう。
いつも無表情のしかめ面が笑いに歪むと、全然似合わないのだ。
思い切り笑ってしまえばいいのに、無理に堪えるから、余計おかしい。

「あっはっはっはっは!!」
ついぞ、ボクはシェゾが怒り出すまで、笑い続けていた。



空には、中途半端に欠けた月が一つ。
雲は、笑いに吹き飛ばされるかのように、逃げていってしまった。
風は、夜風を運びながらそよそよと吹く。
薄着の肌には少し堪えるけど、今は温かい。
シェゾのマントを横取りして、くるまっているから。

桜の花は、パラパラと静かに降る。
風に煽られ豪快に散ることもなく、ただ静かに眠っていく。
掌ですくえば、桜の香りがした。
頭に桜の花びらがくっついて、取るのに少し手間取る。
そして一つ、意外な発見。
シェゾには、桜の花が驚くほど似合った。
黒と闇が、一番似合うと思っていたのに。

シェゾはボクにも判るくらいのほろ酔いになってきて、いつもよりよく喋った。
飽き飽きしながらも、ボクは耳を傾ける。
楽しそうだったし、何よりいつもの陰りがない分、素顔のシェゾを見た気がした。
ちょっと得した気分になるでしょう?

そうしている内に、ボクはシェゾに無視されてしまった事件がどうでも良くなってきた。
実際、桜を見るために夜休み時間を作ろうとしたら、
昼にひたすら忙しくなってしまっただけらしいし。
ボクもシェゾも、目的の桜が見れた今、全ては解決したのだ。

唐突に、ピタリと声が止んだ。
シェゾは拳を頭に当て、呻いている。
何かを必死に考えているようだ。
ほとんど聞き流していたボクには、何が何だか……。
でも、シェゾが悩んでいる様は貴重だし面白かったので、しばらく眺めることにする。
ついぞ結論は出なかったのか、シェゾはボクの方を見た。
ボクに答えを求めているのだろうか。
ボクは首を傾げた。

シェゾが、緩やかに笑ったのが見えた。
自然な、笑い。
きっと本人も気付かなかったに違いない、気付いていれば隠そうとする人だ。
「ま、良いか」
そう呟いて、話は先へと流れた。



桜の花が散る道筋が、定まっていないのと同じく、ボク等は自由に飛んでいく。
重力という檻の中、落ちることしかできなくても、風は吹く、大地は広がる。
何処へ行き着くかだなんて判らない。

果てを恐れて、悩むよりは、ボクは気楽に生きていきたい。
「まぁ、良っか」
適当にそんなことを言いつつ。
だってせっかく宙をひらひらと舞ってるのさ、必然の流れに逆らわずに、流されよう。
その中で、楽しみを見つけるのだって良いじゃないか。



ボクとシェゾは、月明かりの中、桜を見ていた。
お酒も入って、二人で宴会をおっ始めたりもする。
桜は風の中をひらひらと舞って、色んな風に輝いた。

流れに任せて、どんちゃん騒ぎはまだまだ続く――。




END

――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき:

マルチキさんからの1500hit切り番リクエストです!
リクエスト内容は、「魔導物語の小説」でした。
特に指定がなかったので、季節を大幅に無視してみました〜(何て奴だ)☆
これでも一応、話をまとめやすくするため何度か書き直したのですけど……。
やはり、まとまりがないです(汗)。
すみません!
こんなんですけど、貰ってやってください。
リクエスト、どうもありがとうございました!






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